南部広信 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代中期生誕 宝永3年3月7日(1706年4月19日)死没 寛保元年5月2日(1741年6月14日)改名 宮内(幼名)、広信 凡例南部広信時代 江戸時代中期生誕 宝永3年3月7日(1706年4月19日)死没 寛保元年5月2日(1741年6月14日)改名 宮内(幼名)、広信墓所 東京都港区芝の金地院官位 従五位下、甲斐守幕府 江戸幕府主君 徳川吉宗藩 陸奥八戸藩主氏族 南部氏父母 父:南部通信、母:桂七郎大夫の妹妻 正室:秀子(松平信庸の娘)子 信興、信之らテンプレートを表示 南部 広信(なんぶ ひろのぶ)は、江戸時代中期の大名。陸奥国八戸藩の第4代藩主。官位は従五位下・甲斐守。 第3代藩主・南部通信の長男として誕生。母は桂七郎大夫の妹。幼名は宮内。 享保元年(1716年)、父の死去により跡を継いだ。藩政においては検地を行なったり、八戸三社大祭の基礎を作ったりした。また、家老の中里幸生に命じて「南部中興記三冊」や「南部家譜一冊」を編纂させている。 しかしその治世期に凶作が33度にわたって発生するなど、治世は多難を極めた。寛保元年(1741年)5月2日、33歳で死去し、跡を嫡男・信興が継いだ。墓所は東京都港区芝の金地院。 系譜 父母 南部通信(父) 桂七郎大夫の妹 ー 側室(母) 正室 秀子 ー 松平信庸の娘 子女 南部信興(長男) 南部信之(三男) 表話編歴南部氏八戸藩4代藩主 (1716年 - 1741年) 南部直房1664-1668 南部直政1668-1699 南部通信1699-1716 南部広信1716-1741 南部信興1741-1765 南部信依1765-1781 南部信房1781-1796 南部信真1796-1842 南部信順1842-1871 廃藩置県 Related Articles