危ない話
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| 危ない話 | |
|---|---|
| Dangerous Stories | |
| 監督 | |
| 脚本 | 阪本順治他 |
| 出演者 | [1] |
| 製作会社 | CBSソニーグループ |
| 配給 | CBSソニーグループ |
| 公開 | 1989年7月8日 |
| 上映時間 | 105分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
『危ない話』(あぶないはなし、英題:Dangerous Stories[1])は、1989年(平成元年)7月8日公開の日本のオムニバス映画[1][2][3][4][5][6]。タイトル表記は他に『危ない話-夢幻物語-』[1][2]『危ない話 夢幻物語』がある[3]。製作発表時のタイトルは『夢幻物語/ドリームタイム・アンソロジー』だった[4]。
製作・配給はCBSソニーグループ[6]。上映時間は105分[6]。
ディレクターズ・カンパニー(ディレカン)の3監督が、それぞれ、現代社会に潜む“危うさ”をテーマに作ったオムニバス[2][3]。監督は井筒和幸、黒沢清、高橋伴明の3人で各話30分数分[3]。当初は高橋伴明ではなく、長谷川和彦が監督を務める予定で[3][4][5][6]、短編とはいえ長谷川監督の『太陽を盗んだ男』(1979年)以来の映画が観られると映画ファンは期待していた[4]。脚本も兼ねる予定だった長谷川パートの仮タイトルは『禁煙法時代』だった[4]。また、石井聰亙も監督の候補に挙がっていた[6]。
第一話「ツタンカーメン王の呪い」(井筒監督)は、ヤクザ抗争の磁場となったパブから出るに出られない酔客・竹中直人の災難、第二話「奴らは今夜もやってきた」(黒沢清監督)は、山中で異形のツインズにつけ狙われ、必死の闘いに挑むライター石橋蓮司をホラー映画のトーンで、第三話「あの日にかえりたい」(高橋監督)は整形手術した若き銀行強盗カップルを青春映画タッチで描く[2][3][5][6]。
スタッフ(全体)
- 企画:肥田光久・宮坂進
- 製作:白川隆三
- プロデューサー:大平哲夫・渡辺敦
- テーマ曲:梅林茂
- 制作協力:ディレクターズ・カンパニー
第一話「ツタンカーメン王の呪い」
第二話「奴らは今夜もやってきた」
第三話「あの日にかえりたい」
製作
CBSソニーグループの映画制作は1985年の『バロー・ギャングBC』を皮切りに[4]、同年『ドレミファ娘の血は騒ぐ』、1987年『永遠の1/2』、1988年『1999年の夏休み』に次いで5作目で、実際の製作はソニーグループのビデオ製作部門・ソニービデオソフトウェアインターナショナル(SVI)で[4][7]、本作の企画も同社プロデューサーの肥田光久[4]。経営の苦しくなったディレカンにソニーグループが手を差しのべた形[4]。
井筒監督の第一話「ツタンカーメン王の呪い」は1987年のうちに撮影は終了しており[4]、他の2本も1987年秋から製作を開始、 黒沢監督の第二話「奴らは今夜もやってきた」も1987年11月末クランクインと報道されており[4]、1988年までには完成していたものと見られる。製作当時はビデオ製作会社の積極的な映画製作と話題を呼んだ[4]。本作が公開された1989年は東映(東映ビデオ)が劇場公開しないレンタルビデオ専用の映画製作「東映Vシネマ」を立ち上げた年で、映画製作会社がビデオを作り、ビデオ製作会社が映画を作るという逆転現象が起きた。
製作費は各1,500万円[4]。
興行
東京はテアトル新宿一館のみの公開[5]。『バカヤロー!2 幸せになりたい。』と同日公開された。