原田令嗣

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生年月日 (1952-02-02) 1952年2月2日(74歳)
前職 NHK職員
原田 令嗣
はらだ よしつぐ
内閣広報室より公表された肖像
2007年 撮影)
生年月日 (1952-02-02) 1952年2月2日(74歳)
出生地 日本の旗 日本 静岡県焼津市
出身校 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
前職 NHK職員
所属政党 自由民主党谷垣派古賀派
称号 法学士(慶應義塾大学・1974年
親族 父・原田昇左右(元衆議院議員、第54代建設大臣
公式サイト 原田よしつぐ HARADA’s Worldlink Net 静岡(2009年4月26日時点のアーカイブ)
選挙区 静岡2区
当選回数 2回
在任期間 2003年11月11日[1] - 2009年7月21日
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原田 令嗣(はらだ よしつぐ、1952年昭和27年〉2月2日 - )は、日本政治家自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。

武蔵高校を経て[2]慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、1974年NHKへ入局。名古屋放送局報道部ディレクター、アメリカ総局特派員、報道局衛星放送部長等を歴任[3]

父・昇左右の政界引退を受けて、2003年第43回衆議院議員総選挙静岡2区から、自由民主党公認で立候補し、初当選(当選同期に西村康稔萩生田光一武田良太加藤勝信菅原一秀などがいる。)。2005年第44回衆議院議員総選挙にて再選。派閥は谷垣派に所属。院内では、農林水産委員会、厚生労働委員会、災害対策特別委員会に所属した[3]

2009年第45回衆議院議員総選挙では、民主党元職の津川祥吾に敗れた。比例東海ブロックにも重複立候補していたが惜敗率が足りずに落選。同年末に選挙区支部長再任条件が緩和されたものの辞退した[4]。支部長後任には翌2010年6月に公募で井林辰憲が選ばれた[5]

日本と韓国が共同運営するインターネット放送局の開設を目的として2014年2月14日に設立された「日韓共同チャンネル推進機構」[6]の代表理事を務めている[7]

政治的立場

  • 静岡空港が原田の選挙区内であることもあり、同空港の建設推進派国会議員の1人であった[要出典]
  • 在日韓国人の地方参政権に賛成しており、2007年11月8日に開催された、民団が主催する「永住外国人地方参政権の早期立法化を!」と訴える全国決起大会に国会会期中にもかかわらず参加した[要出典]

所属していた団体・議員連盟

脚注

関連項目

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