各務村
日本の岐阜県稲葉郡にあった村
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地理
歴史
- 1601年(慶長6年) - 菅沼定仍(伊勢長島藩)領となる[1]。
- 1621年(元和7年) - 天領となる[1]。
- 1832年(天保3年) - 各務郡の天領の中で、御膳籾111石余り、御廻籾4石余りと最も高い賦課が行われていた[2]。
- 1645年(正保期) - 石高が1529.955石[3]。
- 1834年(天保5年) - 石高が1558.693石[4]。
- 明治初期 - 各務村の集落(約20)を3つの集落(上組・中組・下組)にまとめる。後に松連・竹連・梅連に変更されるが、名称の問題でもめたため、東組(東洞、西洞、木戸、山之前)、中組(北島、宮之前、城之屋敷、会津、池端)、西組(南温井、北温井、国庄、金山、駒場)とする[5]。
- 1876年(明治9年) - 鵜沼村と合わせて大区が1、小区が15[6]。
- 1889年(明治22年)7月1日 - 町村制により成立。
- 1897年(明治30年)4月1日[7] - 各務郡、厚見郡、方県郡(一部)が合併し、稲葉郡となる。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 旧来の各務村と陶器所村から変わった須衛村が合併し発足。旧来の各務村の東組、中組、西組を合併し各務区、旧来の須衛村を須衛区とする[5]。
- 1923年(大正12年)4月3日 - 現在の各務おがせ町5丁目に村役場ができる。南に玄関、東に納屋と駐在所があった。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 稲葉郡鵜沼町と合併し、改めて鵜沼町が発足。同日各務村廃止。
小・中学校
- 各務村立各務小学校 (現・各務原市立各務小学校)
- 各務村立各務中学校 (1961年に鵜沼町立鵜沼中学校に統合。現・各務原市立鵜沼中学校)