吉本一謙

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愛称 カズ[1][2]
カタカナ ヨシモト カズノリ
ラテン文字 YOSHIMOTO Kazunori
国籍 日本の旗 日本
吉本 一謙
名前
愛称 カズ[1][2]
カタカナ ヨシモト カズノリ
ラテン文字 YOSHIMOTO Kazunori
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-04-24) 1988年4月24日(37歳)
出身地 東京都小平市[3]
身長 185cm
体重 83kg
選手情報
ポジション DF
利き足 右足[4]
ユース
日本の旗 JACPA東京
2001-2003 日本の旗 FC東京U-15
2004-2006 日本の旗 FC東京U-18
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2019 日本の旗 FC東京 65 (1)
2009-2010 日本の旗 FC岐阜 (loan) 44 (2)
2012 日本の旗 水戸ホーリーホック (loan) 2 (1)
2016-2018 日本の旗 FC東京U-23 17 (0)
2018-2019 日本の旗 アビスパ福岡 (loan) 18 (1)
2019-2020 日本の旗 清水エスパルス 7 (0)
通算 153 (5)
代表歴
2003-2004  日本 U-16
2006  日本 U-19
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
吉本一謙

吉本 一謙(よしもと かずのり、1988年4月24日 - )は、東京都小平市出身[3]の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダーセンターバック(CB)[5])。小平市教育委員会委員[6]

プロ入り前

FC東京のクラブハウスと練習場のある小平市出身。幼稚園年中の時にサッカーを始めた[1]。 セレクションを経て[7]、2001年からFC東京の下部組織に加入。U-15では常にチームを鼓舞する強いキャプテンシーを発揮し[8]、2002年のナイキプレミアカップジャパンや、2003年のクラブユース選手権で優勝を経験[9]。U-18所属時の2005年2006年には第二種登録選手としてJリーグに登録され[10]、トップチームに帯同した[9][11]。同期は森村昂太権田修一中野遼太郎、稲葉基輝など。

FC東京

2007年から森村、権田とともにFC東京トップチームに昇格[3]キャンプでのアピールに成功し[5]、開幕戦の広島戦で先発でプロデビューを果たした。しかし、相手FW佐藤寿人ウェズレイに翻弄されて[12]失点を重ね、前半中に途中交代[13]。苦難のデビュー戦となり、ルーキーイヤーはこの開幕戦を最後にリーグでの出場はなかった。

課題の克服に務め[12]2008年序盤に再び出場機会を掴む[14]。J1第3節の京都戦で初得点を記録したが[15]、この年移籍加入したCB佐原秀樹がレギュラーに定着するとの並行して[14]控えに追いやられた。

FC岐阜

2009年8月よりJ2・FC岐阜へ期限付き移籍[16][17]。得意の高さを活かしたヘディングでの競り合い[18][19][20]で評価を得ると[21]、守備の要として[22]レギュラーに定着。同年の天皇杯4回戦の対千葉戦では完封勝利するとともに決勝点を決め、岐阜にとって初となるベスト8進出に貢献した。移籍期間を延長した[23]2010年には下半期のチームMVPに選出されるなど[24]活躍していたが、移籍期間満了により退団[25]

2011年はFC東京へ復帰。岐阜在籍中に負傷した右膝のリハビリが長引いたことから[26]レギュラー争いに乗り遅れ、出場機会を得られなかった。

水戸ホーリーホック

2012年8月、J2・水戸ホーリーホック期限付き移籍[9][27]。退団したCB塩谷司に代わって[28]、同月19日の第29節大分戦で早速先発出場。ロスタイムに決勝点を決める活躍でチームに貢献し、堅実性やリーダーシップも高く評価された[29]。しかし、続く第30節横浜FC戦で左膝前十字靱帯を損傷し[28]離脱。後日、全治8か月と診断され[30][31][13]、同シーズン終了をもって水戸を退団。

FC東京復帰

2013年より再びFC東京へ復帰[32][33]。シーズン終盤にかけて全体練習へ合流[31]。練習試合で奮闘し復調を印象付けた[34]。オフには戦力外通告を覚悟していたが、復帰後のパフォーマンスが良好だったことから本人曰く「予想外」の契約更新を掴む[7]

引退を覚悟して臨んだ[7]2014年は始動時から好調を維持し[35][36]、J1第1節戦でベンチ入り。同年3月のナビスコカップ神戸戦で5年8ヶ月ぶりにFC東京での先発出場を果たすと[37]マテウス及び加賀健一の負傷を受けてJ1第5節清水戦でも先発[38]。続く第6節鳥栖戦では空中戦で長身FW豊田陽平を封じ[13] 味方への守備の指示も冴えて[8]、大胆な起用[8]に応える働きを見せた。その後も急場でダイナミックに身体を投げ出す守備が光り、シュートブロック数でリーグ3位を記録した[39]

2015年後半からはCBの3番手として控えに入る試合が多くなり、2016年は同年発足のU-23チームでまとめ役を務めながら[40]試合勘を維持し、臨戦を続けた[41]。2017年、高橋秀人の退団に伴い背番号を自身念願の[42]「4」に変更。U-18在籍時以来[43]、11年ぶりの着用となった。

アビスパ福岡

2018年6月22日、アビスパ福岡に期限付き移籍で加入[44]

清水エスパルス

2019年7月29日、福岡との契約を解除し、FC東京から清水エスパルスに完全移籍で加入することが発表された[45]。8月3日、第21節の横浜F・マリノス戦で移籍後いきなり先発を果たした。[46]。2020年12月9日、2020年シーズン終了をもって現役引退することを発表した[47]

引退後

2021年1月25日、FC東京新体制発表会にてFC東京スカウティングマネジメント部のスカウト担当に就任したことが発表された。[48]

2025年1月、FC東京を退職した[49]

エピソード

  • 2016年3月24日、岐阜在籍時に知り合った保育士と結婚[50]
  • 2016年6月、小平市観光まちづくり大使に委嘱された[51]
  • 2023年10月1日。小平市教育委員会委員に任命された[6]

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007FC東京29J110100020
200821200041
20090000-00
岐阜30J2112-42154
20103330-11341
2011FC東京2900-0000
2012J10000-00
水戸33J221-0021
2013FC東京29J100000000
20142505030330
20151903010230
2016704010120
201741107110191
201800500050
福岡29J2111-00111
201970-0070
清水4J150-0050
20202000-20
通算日本J1 721291601072
日本J2 644-53697
総通算 13652911131659
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2016F東2329J3100100
20174040
20183030
通算日本J3 170170
総通算 170170
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2012FC東京2900
201630
通算AFC 30
出場歴

タイトル

クラブ

FC東京U-15
FC東京

代表

U-16日本代表

個人

代表歴

  • 2003年 U-15日本代表
  • 2004年 U-16日本代表
  • 2006年 U-19日本代表
  • 2007年 U-20日本代表候補

関連情報

脚注

関連項目

外部リンク

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