高橋秀人

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愛称 ヒデ[1][2]、ヒデト、高秀先生[3][4]
カタカナ タカハシ ヒデト
ラテン文字 TAKAHASHI Hideto
国籍 日本の旗 日本
高橋 秀人
名前
愛称 ヒデ[1][2]、ヒデト、高秀先生[3][4]
カタカナ タカハシ ヒデト
ラテン文字 TAKAHASHI Hideto
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-10-17) 1987年10月17日(38歳)
出身地 群馬県伊勢崎市
身長 184cm
体重 75kg
選手情報
ポジション MF (DH) / DF (CB)
利き足 右足[5][6]
ユース
2003-2005 日本の旗 前橋商業高校
2006-2009 日本の旗 東京学芸大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2016 日本の旗 FC東京 180 (14)
2017 日本の旗 ヴィッセル神戸 22 (1)
2018-2020 日本の旗 サガン鳥栖 78 (4)
2021-2022 日本の旗 横浜FC 36 (0)
2023-2025 ニュージーランドの旗 オークランド・ユナイテッド 30 (2)
通算 346 (21)
代表歴2
2012-2013 日本の旗 日本 7 (0)
獲得メダル
ユニバーシアード
2009 ベオグラードサッカー
1. 国内リーグ戦に限る。2024年1月1日現在。
2. 2013年7月25日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

高橋 秀人(たかはし ひでと、1987年10月17日 - )は、群馬県伊勢崎市出身[7]の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(ボランチ)、ディフェンダー(センターバック)。元日本代表

東京学芸大学卒業。

プロ入り前

小学校1年生(6歳[6])時にサッカーを始める[1][8]。同6年生の時に図南SCジュニアユースのセレクションを受けた際には、クラムジー[注 1] のために同学年の反町一輝都丸昌弘大河原亮に比べて目立たない存在であり[9]、動きが鈍っていたことを機にボランチなど守備的なポジションを務めるようになった[10]。2002年には日本クラブユース選手権で全国3位入賞。同年、前橋育英高校のセレクションに合格したが「前商から学芸大に行って教員免許を取れば良い」との説得を受けて[9]前橋商業高校へ進学。2年時には群馬県大会準決勝で細貝萌青山直晃吉澤正悟伊藤拓真後藤涼田中亜土夢とのちにプロ入り6人を擁した前橋育英高校をPK戦の末に下し、全国高校選手権に出場、ベスト8入り。

2006年体育教師を目指して[7]東京学芸大学に進学し、蹴球部に所属。同期には鈴木崇文など。2年時に関東大学リーグでセンターバックとして相手FW高崎寛之(駒澤大学)[11] を抑えた守備が評価され[12][2]、以後3年連続で全日本大学選抜に選出され続けた。 また、3年時(2008年)の7月から特別指定選手としてJリーグFC東京の練習に参加[13][14][注 2]。公式戦出場は無かったが、2008年J1第33節新潟戦(同年の最終ホームゲーム)の終了後に選手の一員としてセレモニーに参加したことでプロ志望へと翻意[2]。4年時には関東大学リーグ2部リーグベストイレブンに選出された[16]2009年夏季ユニバーシアードベオグラード)の日本代表に選出、同大会では主将を務め[17][18]、ボランチでプレー[注 3]。銅メダルを獲得した[20][18]。ボールを前に運ぶ能力に自信を持ち、複数のJリーグクラブの間で争奪となったが[21]、同年7月に大学卒業後のFC東京への入団が発表された[22]

FC東京

2010年ナビスコカップ予選リーグ第3節新潟戦で初出場。この試合ではCBを務め無失点勝利に貢献した。FC東京でもボランチに配される機会があり[23]大熊清監督からは、スピードには欠けるが、ボールを散らせることや、高さがあって声を出せる点がこのポジションに向いていると評価された[24]。2011年は長島裕明コーチの助けで自信を掴むと[12][2]米本拓司ホベルトの負傷離脱が重なって[25] ボランチのレギュラーに定着。バランサーとしての役割に強みを見出し[2]、献身的な守備でチームを支え[25]、J1復帰に貢献した。

2012年より、登録をDFからMFに変更[26]。中盤で相手の長身FWと競り合える選手としても重宝された[27]ランコ・ポポヴィッチ監督は、高橋の適性をフォアリベロに見出しており[28]、米本の復調に伴って3バックの中央などCBでも起用。4バックと3バックとを使い分けるチームのキーマンとなった[29]。もっとも、代表の影響から好不調に波が出てしまい、2013年に至っては代表で得た収穫をクラブでの戦術として消化できず、精神的に不安定な状態に陥っていた[30]

2014年は主にMF3名の中央に位置するアンカーに据えられ、相手の攻撃を局面で封じた[31][32]

2015年は序盤は先発を外れ守備固めでの起用が続くも[33]、第13節以降はポジションを譲らず上位進出に貢献。

2016年当初、城福浩監督からはボランチの選手層は厚みを増したとしてCBのバックアッパーに構想されるなど[34] 厳しい立場に置かれていた[35]。一時はU-23チームでも活動したが、拙攻拙守のチーム状況にあって[36]堅守再構築のキーマンとして復権し[35]、アンカーに入り味方の役割を明確化させる働きで[37] 戦術面での安定に寄与[36]

ヴィッセル神戸

2017年、大型補強を図る[38]ヴィッセル神戸の2年連続での[39] オファーに応え、同クラブへ完全移籍[40][41]。J1第2節の新潟戦で移籍後初得点を決めた[42]。3月18日、第4節のジュビロ磐田戦でJ1通算150試合を達成した。

サガン鳥栖

2018年よりFC東京時代の恩師・マッシモ・フィッカデンティが監督が務めるサガン鳥栖に完全移籍[43]

横浜FC

2020年12月27日、横浜FCに完全移籍で加入[44]。2シーズンで公式戦39試合に出場した。2022年11月4日、横浜FCより契約満了が発表された[45]

オークランド・ユナイテッドFC

2022年12月よりニュージーランドオークランドに語学留学[46]。自身のSNSの自己紹介欄を更新、オークランド・ユナイテッドFC(アマチュアクラブ[47])に所属し、同クラブのアカデミーでコーチも担当していると記している[48]

引退

2025年12月8日、自身のSNSにて現役引退を発表[49]

日本代表

2012年4月に日本代表候補合宿に初招集[50]。5月23日、キリンチャレンジカップアゼルバイジャン戦で、国際Aマッチ初出場。アルベルト・ザッケローニ日本代表監督からは、攻守のバランス感覚、戦術眼、カバーリング能力、フィジカルに優れると評価され[51][52]、翌月からのFIFAワールドカップアジア最終予選メンバーにも選出された。

2013年は日本代表としてコンフェデレーションズカップに帯同し、東アジアカップオーストラリア戦ではゲームキャプテンを務め[53] 同大会の優勝を果たすなど戦力として食い込みつつあったが、代表とクラブの行き来も影響して[54] 好調を維持できなかった[6]

2014年開催のFIFAワールドカップ本大会に当たっては、専門誌で「2010年大会のようにアンカーを置く守備的布陣を採用するのならば最適の選手」との評価を受け[55]守備のユーティリティー性からも有力候補として名前が挙がったが[56]、攻撃重視のメンバー選考が行われたために[57] 選外となった。

エピソード

  • 尊敬するサッカー選手として、特別指定登録中に接した石川直宏、高校時代までを同じ群馬県で過ごし共にユニバーシアードを戦った中町公祐、大学の先輩である岩政大樹を挙げている[5]
  • 商業高校の出身であるため、高校在学中に簿記珠算など複数の資格を取得している。
  • 大学の卒業論文では「2009年のFC東京全失点分析」を研究テーマとしていた[58]
  • 理想のボランチにはフランスパトリック・ヴィエラ[59]、CBとボランチを兼任できる選手として阿部勇樹を挙げる[60]
  • 2011年シーズンより、試合には時期を問わず半袖のユニフォームで臨んでいる。高橋とほぼ同時期に日本代表に選出され、同じ群馬県出身でもある細貝萌が夏場でも長袖を着用する[61] ことに対抗しての半袖だと報じられた[62]
  • 2012年7月のFC東京フェスティバルでは、7人の選手が女装した姿を披露しファン投票で1位を決める「ミス!?FC東京」で「スミレ」として登場し1位を獲得[63]。以後、当時を知るファンからは「スミレさん」のニックネームで呼ばれる。
  • 俳優の田村幸士と親交があり田村の出演する舞台を観に行ったり一緒に温泉へ行ったりしている。
  • 2014年3月に一般女性と結婚[64]
  • 2014年6月より日本プロサッカー選手会副会長を[65]、2016年6月より同会長を務める[66][67]
  • 漫画好きで知られ、好きな作品としてアクション漫画では『ONE PIECE』や『NARUTO -ナルト-』や『ワールドトリガー』、サッカー漫画では『ファンタジスタ ステラ』や『BE BLUES!〜青になれ〜』や『フットボールネーション』などを挙げている[68][69]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010FC東京4J130301070
2011J2324-61385
2012J13312000351
20133224040402
20143235030403
20152948020394
20161904120251
2017神戸162216030311
2018鳥栖363332030383
20193214030391
202013010-140
2021横浜FC42202010250
2022J2140---140
通算日本J1 2701541122033316
日本J2 464-61525
総通算 3161941128138521
その他の公式戦
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2016F東234J32020
通算日本J3 2|020
総通算 2020
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2012FC東京461
201640
通算AFC 101
出場歴

代表歴

出場大会など

試合数

  • 国際Aマッチ 7試合 0得点 (2012年 - 2013年)
日本代表国際Aマッチ
出場得点
201240
201330
通算 70

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2012年5月23日日本の旗袋井エコパスタジアムアゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン○2-0ザッケローニキリンチャレンジカップ2012
2. 2012年9月6日日本の旗新潟東北電力ビッグスワンスタジアムアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦○1-0
3. 2012年10月12日フランスの旗サン=ドニスタッド・ド・フランスフランスの旗 フランス○1-0国際親善試合
4. 2012年10月16日オマーンの旗オマーンスルタン・カーブース・スポーツコンプレックスオマーンの旗 オマーン○2-12014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
5. 2013年6月11日カタールの旗ドーハグランド・ハマド・スタジアムイラクの旗 イラク○1-0
6. 2013年7月21日大韓民国の旗ソウルソウルワールドカップスタジアム中華人民共和国の旗 中国△3-3EAFF東アジアカップ2013
7. 2013年7月25日大韓民国の旗華城華城競技場オーストラリアの旗 オーストラリア○3-2

タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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