常陸国水戸出身[1]。水戸藩士・川辺重左衛門の三男として生まれ、吉見治郎左衛門の養子となる[4]。
警視庁に奉職し[4]、警部補として西南戦争に参加した。その後、山形県警部、福島県警部、福島県河沼郡長、同県北会津郡長、富山県警部長、熊本県警部長、広島県警部長、長崎県警部長、大阪府警部長、千葉県書記官、警視庁警視・第一部長、同消防署長などを歴任[1]。
1902年10月、群馬県知事に就任。教育、産業の振興などに尽力。1906年7月、知事を休職[3]。1908年7月27日、休職満期となり退官した[6]。
退官後は水戸に帰り、常磐銀行取締役を務めた[2]。