国鉄ケ100形蒸気機関車

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ケ100形は、かつて日本国有鉄道およびその前身である鉄道院、鉄道省等に在籍した、特殊狭軌線タンク式蒸気機関車である。

鉄道院が建設工事用に製造した初の機関車である。本形式には、雨宮製作所製の6両と福岡県深川造船所製の2両があり、両者は基本寸法は同じものの、製造の経緯や外観は大きく異なっていた。本項目では、便宜的に雨宮製作所製を「第1種」、深川造船所製を「第2種」と呼ぶことにする。

第1種

ケ100形蒸気機関車(第1種)
準同系機のケ90形ケ90形はサドルタンクを有していたが、ケ100形はサイドタンクのない、完全なウェルタンクであった。
準同系機のケ90形[3]
基本情報
製造所 雨宮製作所
製造年 1919年
製造数 6両
引退 1953年
主要諸元
軸配置 B (0-4-0)
軌間 762 mm
全長 4,925 mm
全幅 1,580 mm
全高 2,590 mm
機関車重量 5.55 t(運転整備時)
動輪上重量 5.0 t(運転整備時)
固定軸距 1,219 mm
動輪径 559 mm
軸重 2.5 t(各軸均当)
シリンダ数 単式2気筒
シリンダ
(直径×行程)
143 mm × 254 mm
弁装置 ワルシャート式
ボイラー圧力 10.5 kgf/cm2 (1.030 MPa; 149.3 psi)
火格子面積 0.25 m2
全伝熱面積 7.3 m2
燃料 石炭
燃料搭載量 0.22 t
水タンク容量 0.52 m3
制動装置 手ブレーキ
シリンダ引張力 830 kg
ボイラー水容量 0.4 m3
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第1種は、1919年(大正8年)に鉄道院が初めて雨宮製作所に発注した、車軸配置0-4-0(B)飽和式で2気筒単式のウェルタンク機関車である。6両(ケ100 - ケ105)が製造された。製造番号はケ101が232であったことが確認されているのみであるが、全部で231 - 236だったのではないかと蒸気機関車研究家の臼井茂信は推定している。運転整備重量は5.55tで、5t機関車と公称された。全長は5m足らずである。当時、軽便鉄道用の機関車としてドイツコッペル社製が普及していたが、第一次世界大戦の影響で輸入が困難となっており、また鉄道院自体も機関車を輸入しない方針を打ち出していたため、にわかにこうした中小メーカーが脚光を浴びた経緯がある。

設計は鉄道院側が概略の仕様を示して、雨宮製作所側が実施し、承認を得る形であった。外観上の特徴は、蒸気ドームの頂上部に設けられた加減弁と、ヘンシェルハノーバー製の古い小型機関車に見られる独特の様式のワルシャート式である。また、金田茂裕により同じ雨宮製のケ90形と準同形であることが解明されている。

落成は1919年12月から1920年(大正9年)3月にかけてで、配置はケ100, ケ101, ケ105が東京建設事務所、ケ102が秋田建設事務所、ケ103, ケ104が多度津建設事務所である。その後は、熊本・岡山・米子の各建設事務所に、晩年は岐阜・盛岡建設事務所に配置された。

施設局における車蒸番号は、番号順に14, 13, 25, 3, 2, 1であった。

信濃川電気事務所には、全機がいずれかの時期に一度は配置されたことが特筆される。廃車1953年(昭和28年)度であるが、それ以前から廃車同然の状態となっていたものも少なくなく、例えば、盛岡建設事務所で釜石線の建設に使用されていたケ102, ケ104は、1949年(昭和24年)5月10日付けで廃棄されているが、実際の記録への反映は1953年度にまでずれ込んでいる。また、ケ101は、1950年西武鉄道に払い下げられたが、書類上の処理は1953年であった。

同系機

本形式は、研究者間では旧系列のB型4 - 5トン機と呼ばれるものに属し、1912年(明治45年)から1920年にかけて製造され、その中で最も新しい形式である。一覧は次のとおりである。

車両名軌間
タイプ1 914mm
タイプ2 762mm
タイプ3 914mm
タイプ4 762mm
タイプ5 914mm
762mm
タイプ6 鉄道院ケ100形(ケ100 - ケ105) 762mm

タイプ1のシリンダは5in×10in、軸距は3ft6in、動輪直径は1ft8inまたは1ft10inである。タイプ2以降は、シリンダ直径が5 1/2inとなり、タイプ6は5 5/8inとなっている。タイプ5以降は軸距が4ftである。水タンクは、タイプ3・5・6がウェルタンク、その他はサイドタンクである。

第2種

脚注

参考文献

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