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国鉄コキ5500形貨車

かつて存在した日本国有鉄道のコンテナ車 From Wikipedia, the free encyclopedia

国鉄コキ5500形貨車(こくてつコキ5500がたかしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1960年(昭和35年)度から1970年(昭和45年)度にかけて導入した貨車(コンテナ車)である。1959年に「たから号」用に導入されたコキ5000形の改良型で、解結や入換の便を図ってデッキが設けられた。旧形式名は長物車のチキ5500形(初代)であり、1965年のコンテナ車制定によりコキ5500形に改称された。

運用者 日本国有鉄道
日本貨物鉄道(JR貨物)
所有者 日本国有鉄道
日本貨物鉄道(JR貨物)
概要 基本情報, 車種 ...
国鉄コキ5500形貨車
札幌貨物ターミナル駅に留置中のコキ5500形コキ283452種5t(12ft)コンテナ4個積み仕様の形態(2006年11月、平和駅)
札幌貨物ターミナル駅に留置中の
コキ5500形コキ28345
2種5t(12ft)コンテナ4個積み仕様の形態(2006年11月、平和駅)
基本情報
車種 コンテナ車
運用者 日本国有鉄道
日本貨物鉄道(JR貨物)
所有者 日本国有鉄道
日本貨物鉄道(JR貨物)
製造所 汽車製造、日本車輌製造、輸送機工業
製造年 1960年 - 1970年
製造数 2,875両
種車 チキ5500形
改造年 1965年(昭和40年)*
改造数 214両
主要諸元
車体色 赤3号
軌間 1,067 mm
全長 18,300 mm
全幅 2,617 mm
全高 2,098 mm
荷重 34 t → 28 t
自重 14.8 t
換算両数 積車 4.0
換算両数 空車 1.6
台車 TR63B、TR216A
車輪径 860 mm
台車中心間距離 14,050 mm
最高速度 85 km/h
備考 *称号規定改正年
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本形式に先立ち1959年(昭和34年)に製作されたコキ5000形(旧形式チキ5000形)についての詳細は国鉄コキ5000形貨車で解説する。

概要

1931年(昭和6年)に開始された国鉄のコンテナ輸送は戦争による中断を経て、1956年(昭和31年)に再開された。これは 3 t コンテナ(3000形)を使用し、コンテナ積載対応改造のトム・トラなどの無蓋車に積載して輸送する方式で、一定の実績はあったものの、運転速度や貨物の扱い単位に改善すべき問題があった。これらの課題を解決するため、コンテナの荷重を 5 t に拡大のうえ、最高速度 85 km/hの高速専用列車で運用する方針が決定され、新型の専用貨車としてチキ5000形が開発された[1]。

チキ5000形は1959年(昭和34年)3月に汽車製造で試作車2両が落成し、同時に試作された5tコンテナ(5000形)と共に同年6月から試験運用に供された。この結果に基づき同年8月より量産車55両が製造され、11月5日から汐留 - 梅田間のコンテナ専用列車「たから号」として運用を開始した。この列車が好評であったことから、各地にコンテナ扱いの列車を拡大することとなった。

コンテナ取扱い列車の多くは有蓋車との併結で、途中駅での連結・切り離しが発生することとなった。このため解結作業を容易に行えるようコキ5000形の車端部を延長してデッキと手すりを設け、車上で手ブレーキを扱えるように改良して1960年(昭和35年)から製作された車両がチキ5500形(初代)である[2]。

1965年(昭和40年)の称号規定改正でコキ5500形と改称され、コキ5000形も1967年にデッキ設置改造を受けてコキ5500形に編入された。1970年(昭和45年)までに2形式合計3,146両が製造され、各地で運用された。

構造

車体

コキ5000形と同じく中梁を設けず、魚腹型の側枠で荷重を負担する台枠の基本構造が踏襲された。外部塗色は赤3号(レンガ色)である。車体上にデッキを設置したため、台枠がコキ5000形より 350 mm 延長され 17350 mm となった[1]。

緊締装置

コンテナを固定する緊締装置は、コキ5000形量産車と同じく半自動式中央緊締方式が採用された。

台車

台車はコキ5000形の85 km/h 走行用に開発されたTR63系が採用された。初期車はTR63A形で、コキ5000形量産車のTR63形をベースに両抱き式ブレーキの構造を変更したものであった。コキ5500形後期車ではTR211系が採用されている。

ブレーキ

ブレーキ装置は初期車はチキ5000同様のAD 方式(積空手動切替式自動空気ブレーキ)と UC 型積空ブレーキを併用していた。昭和39年度予算車からは荷重切替を自動化した ASD 方式(積空切替式自動空気ブレーキ)に改良された。

新製車

コキ5000形にデッキを設けた形式で、最高速度は 85 km/h、外部塗色は赤3号である。

初期型

1960年(昭和35年)からチキ5500形として製造された(コキ5500 - コキ6473)。台車はブレーキ引棒を改良した TR63A 形。

1965年(昭和40年)製造の コキ5714 以降は当初からコキ5500形[1]として落成し、既存の チキ5500 - チキ5713 も同年にコキ5500形へ改称した。1966年(昭和41年)製造の コキ6274 以降は製造工程を見直し、台枠の縦補強を片側4箇所に削減したため、外観は大きく変化している。

前期型

1966年(昭和41年)に汽車製造、日本車輌製造(輸送機工業とのグループ製作)にて製造された(コキ6474 - コキ6713)。手ブレーキ操作を容易にするため、台枠が 150 mm 延長され 17,500 mm となった。台枠の製造方法も一部変更されている。台車は TR63A 形、ブレーキ装置は ASD 方式である。

中期型

TR63F形台車(チキ6000形)
TR63B形の基礎ブレーキ装置を片押し式に改造したもの
 
TR211形台車(ホキ2200形)
TR211A形とは枕ばねの定数が異なる
(2007年10月、小樽市総合博物館)

1967年(昭和42年) - 1970年(昭和45年)に汽車製造、日本車輌製造(輸送機工業とのグループ製作)にて製造された、本形式で最大両数の区分である(コキ7000 - コキ8554)。製造工程の簡略化と軽量化のため、コキ10000系の台枠構造を採用した。このため自重は約 2 t 軽くなっている。

本グループの最終15両はブレーキ装置に ARSD 方式(中継弁付積空切替式自動空気ブレーキ)を採用し、比較試験に供するため TR211A 形台車付(コキ8540 - コキ8544)TR63B 形台車付(コキ8545 - コキ8554)の2種が製作された。これは TR63 形台車が装備する鋳鉄制輪子付両抱き式ブレーキの欠点(リンクの摩擦が大きく応答性に難あり、振動による疲労破壊の発生、など)を改善するため、複数の仕様を比較検討することが目的であった。

後に本グループの一部は台枠を約 2 m 切り継いで延長し、コキ60000形に改造された。

後期型

比較試験の結果を踏まえ、1970年(昭和45年)に汽車製造、日本車輌製造(輸送機工業とのグループ製作)にて製作された区分である(コキ8555 - コキ8834)。ブレーキ装置は ARSD 方式、台車は TR211A 形の枕ばね・オイルダンパ取付方向を変更した TR216A 形を採用した。

後にほとんどの車両がブレーキ装置を改造し、最高速度 95 km/h で走行可能な45500番台に改造された。改造の詳細については後述する。

8900番台

1970年(昭和45年)汽車製造にて製作の、本形式の最終グループである。後期型を基本に、10 t (20 ft) コンテナを積載可能とした車両である(コキ8900 - コキ8939)。緊締装置は車体前後に 10 t 用を合計2組、車体中央に 5 t 用を1組装備する。同様の目的で製作されたコキ19000形と異なり床面高さを下げていないため、コンテナの積載位置は前から「10 t - 5 t - 10 t」の組合せに限られる。

隅田川 - 西岡山間の「山陽ライナー」に運用する目的で製作され、海上コンテナ専用コンテナ車コキ1000形との併結で運用されたが、翌1971年(昭和46年)のコキ50000系投入に伴い、5 t (12 ft) コンテナ4個積に改造され一般の用途に転用された。

改造車

本形式の使用開始後、運用体系の変更や新技術の採用に伴う仕様変更で実施された改造のうち、大規模なものは以下のとおりである。

コキ5000形からの編入車

コキ5000形は編成単位で運用するためデッキや手すりはなく、手ブレーキは留置専用とされ、拠点間直行輸送に適応した仕様であった。1966年(昭和41年)にコキ10000系が投入され、専用編成の用途がなくなったコキ5000形を汎用的な運用に充当するため、1967年(昭和42年)にデッキを設置する改造を実施した。車端部の台枠を切り継いで 350 mm 延長し、手すりと手ブレーキを設置した。台車は試作車は試作形式のTR91形、量産車は量産形式のTR63 形である。

これにより、コキ5000形は57両全車がコキ5500形に編入された。車輛番号はコキ5500形前期型の続番で、コキ6714 - コキ6770となった。試作車(コキ5000, コキ5001)はコキ6714, コキ6715に、量産車(コキ5002 - コキ5056)はコキ6716 - コキ6770に改番編入された。

12ftコンテナ積載改造車(25500番台)

本形式は 1種 5 t (10.8 ft) コンテナ5個積として製作されたが、コキ50000系と共に開発された 2種 5 t (12 ft) コンテナの普及に伴い、これを効率的に積載可能とする改造が1972年(昭和47年)- 1976年(昭和51年)に実施された。改造は台枠上の緊締装置を移設し、2種 5 t (12 ft) コンテナ4個積とするもので、荷重は 34 t から 28 t に変更された。改造車の番号は「原番号+20000」の基準で付番されている。

対象の両数が多く改造未了の車両が残存したため、短期間で全車の改造が完了したコキ10000系と異なり、改造終了後の原番号への復元は行われていない。(改造未了の車両に2種12ftコンテナを積載する場合は、コンテナの左右を1マスずつ空ける形で1両最大2個積みという非効率な積み方を余儀なくされた)

TR63形台車の片押しブレーキ化

中期型最終グループで実施したブレーキ装置比較試験の結果を受け、以降の車両ではこれをレジン制輪子付の片押し方式に変更したが、TR63 系台車を使用する既存のコキ5500形についても、同じ仕様のブレーキ装置に変更する改造を全車に行った。改造後の台車は側梁端部の不要部分が切り取られ、台車形式は TR63F 形とされた。車両番号の変更はない。

95 km/h 列車への対応改造

1985年(昭和60)年3月ダイヤ改正で 95 km/h 系コンテナ列車を増発するため、必要な車両は本形式の改造で充当した。また、JR移行直後の貨物輸送が好調に推移したことから、新系列車両投入までの過渡的な措置として同様の対応を実施している。

コキ60000形

コキ60000形コキ60040(1988年、高松駅)

1984年(昭和59年)- 1985年(昭和60年)に127両(コキ60000 - コキ60126)が改造された。車体とブレーキ装置をコキ50000形と同等の仕様に改造し、コキ50000系との共通運用を可能とした。コンテナは12ftを5個積載可能である。

コキ5500形45500番台

コキ5500形45500番台コキ45647(蘇我駅)

JR移行前後のコンテナ列車増発に伴うコキ50000系の不足補充のため、ブレーキ装置を改造してコキ50000系との併結運用を可能にした車両である。コキ60000形の後続対応として改造された。

TR216A 形台車を装備する後期形を種車とし、ブレーキ制御弁を A 弁から三圧式の EA 弁に取り替えた CRSD 方式(中継弁方式積空切換式自動空気ブレーキ)に改造した。台車も高速対応の TR216A-2 形に改造され、最高速度 95 km/h での走行が可能となった。コンテナは12ft型コンテナ4個積みのままである。

改造は1988年(昭和63年)から実施され、1990年(平成2年)までに243両が改造された。番号は落成順に45500から付番され、原番号との関連はない。外部塗色は赤3号のまま、識別のため台枠側面に 150 mm 幅の青色帯を表示する。

他用途への転用改造

1971年(昭和46年)からのコキ50000系投入、コンテナ輸送の一時的な停滞などにより本形式は大量の余剰車が発生した。このため、1974年(昭和49年)から他用途に転用するための改造が実施された。改造された車両は合計551両に及ぶ。

チキ5500形(2代)

チキ5500形チキ5802(遠賀川駅、2007年)

チキ5500形(2代)はロングレール輸送用の長物車(通称「ロンチキ」)である。1974年(昭和49年)- 1975年(昭和50年)・1981年(昭和56年)に138両が改造された。50 mレール輸送用は3両編成、200 mレール輸送は十数両の編成で運用される。

ケ10形

ケ10形は検重車(はかり試験車)である。ケ1形の老朽置き換えのため1976年(昭和51年)- 1977年(昭和52年)に6両 (10 - 15) が国鉄長野工場で改造された。台車や連結器が流用されたが、それ以外の車体や大半の部品は新製されている。

チキ6000形

チキ6000形チキ6343(八王子駅)

一般用長物車である。1978年(昭和53年)- 1982年(昭和57年)に422両が改造された。側梁を切り詰めて台車や連結器を流用し、チキ7000形と同様の車体に改造している。後にレール輸送用に改造された車両もあり、事業用としてJR旅客会社にも承継された。

運用

事業用品輸送に使用されていたコキ5500形コキ28177(西条駅)

チキ5000形により1959年に運行を開始したコンテナ専用特急「たから」に続き、1960年以降はチキ5500形と有蓋車を併結したコンテナ取扱い列車が全国で設定された[2]。同時にコンテナも従来の5000形に代わって標準化した6000形が量産された[2]。

コンテナ取扱い列車の一例として、1960年10月から1961年3月にかけて隅田川駅 - 東札幌駅間「ほっかい」、秋葉原駅 - 万代駅間「こがね」、梅田駅 - 広島駅・福岡港駅間「はやて」、汐留駅 - 笹島駅間「ゆたか」が運行を開始している[3]。1961年10月には汐留駅 - 梅田駅間で「第2たから」・「さかえ」にチキ5500形が連結された[3]。

1963年10月には梅田駅 - 吉塚駅間で「西たから」の運行を開始し、チキ5500形とワキ1形の併結により最高速度85 km/hで運転された[4]。

本形式は幹線の拠点間輸送はもとより、入線制限を受ける線区が少なく広汎に運用できることから、支線での運用にも広く使用された。1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化に際しては、2,420両が日本貨物鉄道(JR貨物)に継承された[5]。

しかしながら、輸送規模の小さい線区ではトラックによる代行や貨物列車そのものの廃止が進み、幹線では本形式の最高速度が 85 km/h にとどまること、積載効率に劣ることなどから、JR移行後はコキ100系の投入によって急速に淘汰が進んだ。運用末期の2004年時点では中央本線竜王駅へ向かう貨物列車でコキ5500形が使用されていた[6]。

営業運転での使用が終了しつつあった近年においては、一部の車両が車両基地周辺での配給物資輸送に用いられるのみとなっていた。2009年(平成20年)4月1日現在、営業運転での使用はなくなり、1両が在籍するのみとなっていた。[7]

脚注

参考文献

関連項目

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