国頭景明

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国頭親方景明(くにがみ うぇーかた けいめい)は、琉球王国の政治家・三司官和氏古謝家の元祖。唐名和為美、号は惟心。

景明は、尚清王の治世下で三司官の一人を務めた。同時に国頭間切の総地頭職に任じられ、国頭親方と称された。尚清王の臨終に際しては、同僚の新城親方安基(毛龍唫)、城間親方秀信(葛可昌)とともに、王の遺命により世子である尚元の補佐を命じられた。

しかし、景明と城間秀信は遺命に背き、尚清王の弟である伊江王子尚鑑心を擁立しようと図った。これに対し、安基は朝堂において薙刀を手にして二人を叱責し、景明と秀信は恐れて沈黙し、計画は頓挫した。結果として、尚元は無事に即位することができた。

1559年(嘉靖38年)、秀信は官職を罷免され、伊平屋島に流された。景明もまた久米島に配流となった。

景明は新城安基の死後の1567年(隆慶元年)に赦免を受け、紫冠を授けられた。以後、浦添間切の総地頭職に任ぜられ、浦添親方と称された。

参考文献

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