大山道 (鳥取県)
From Wikipedia, the free encyclopedia
大山は古くから人々の信仰を集め、山腹にある大山寺(現鳥取県西伯郡大山町)を中心に、「坊領(ぼうりょう)道」、「尾高(おだか)道」、「溝口(みぞぐち)道」、「横手(よこて)道」、「川床(かわとこ)道」の五つの参詣道が発達した。また、山陽道の人たちも、五穀豊穣を祈願する「奥参り」と称して、出雲大社(現島根県出雲市)、美保関明神(同松江市)と共に大山参詣を行っていたため、備前国、備中国、備後国、美作国方面からの道も発達した。
大山寺はまた牛馬の守護神として人々に崇拝されるようになったことから、牛馬による参詣も行われ、1726年(享保11年)には、大山寺境内に牛馬市「大山博労座」が開かれた。これにより、大山道はそうした牛馬の運搬路としても利用されるようになった。特に山陰・山陽間を結ぶ大山道は、山陰道・美作国山中地方の諸物産を備前国・上方方面へ運ぶ商用の道としても機能し、また大山寺の住職が比叡山から派遣されていたことから、その間の連絡路としても機能した。