大森久司
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奈良県桜井市初瀬町生まれ[2]。旧制奈良県立畝傍中学校、関西学院大学卒業[2]。
1930年、奈良市で大徳電気商会を設立[2]。1944年、軍需省軍需監理部から発せられた「電気工事業整備要綱」に基づいて近畿地方の電気工事業者が統合し、設立された近畿電気工事株式会社の取締役に就任[2]。
1961年、きんでん取締役社長[2]。
1965年の第7回参議院議員通常選挙奈良地方区から自由民主党公認で立候補し、初当選。1971年、第9回参議院議員通常選挙再選。1972年の田中派の結成に理事として参加。
1973年11月の秋の叙勲で勲二等に叙され、旭日重光章を受章した[3]。
議員在職中の1976年8月13日、急性肺炎のため、東京慈恵医大附属病院で死去した[2]。75歳没。同月17日、特旨を以て位記を追賜され、死没日付をもって正四位に叙され、銀杯一組を賜った[4]。哀悼演説は同年9月16日、参議院本会議で向井長年により行われた[5]。