大滝麻未
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オリンピック・リヨンでの大滝(2012年4月) | |||||||||||||||||
| 名前 | |||||||||||||||||
| 愛称 | アミーゴ[1] | ||||||||||||||||
| カタカナ | オオタキ アミ | ||||||||||||||||
| ラテン文字 | OTAKI Ami | ||||||||||||||||
| 基本情報 | |||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1989年7月28日(36歳) | ||||||||||||||||
| 出身地 | 神奈川県平塚市 | ||||||||||||||||
| 身長 | 174cm[1] | ||||||||||||||||
| 体重 | 56kg[1] | ||||||||||||||||
| 選手情報 | |||||||||||||||||
| ポジション | FW | ||||||||||||||||
| 利き足 | 右足[1] | ||||||||||||||||
| ユース | |||||||||||||||||
| 港FC | |||||||||||||||||
| 2002-2007 | 横須賀シーガルズ | ||||||||||||||||
| 2008-2011 | 早稲田大学 | ||||||||||||||||
| クラブ1 | |||||||||||||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | ||||||||||||||
| 2012-2013 |
| 15 | (11) | ||||||||||||||
| 2013-2014 |
| 21 | (3) | ||||||||||||||
| 2014-2015 |
| 5 | (2) | ||||||||||||||
| 2017 |
| 7 | (2) | ||||||||||||||
| 2018 |
| 18 | (11) | ||||||||||||||
| 2019-2023 |
| 51 | (13) | ||||||||||||||
| 通算 | 117 | (42) | |||||||||||||||
| 代表歴2 | |||||||||||||||||
| 2012-2013 |
| 3 | (0) | ||||||||||||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2023年6月4日現在。 2. 2013年3月13日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||||||||||||
大滝 麻未(おおたき あみ、1989年7月28日 - )は、神奈川県平塚市出身の元女子サッカー選手。ポジションはフォワード。元日本女子代表。日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)理事。2017年7月、FIFAマスターを修了。
ユース
小学校1年生のとき兄の影響でサッカーを始める[2]。中学および鎌倉高校時代は、地元のクラブチーム横須賀シーガルズでプレーした[2]。卒業後、早稲田大学に進学し、2008年、2010年には関東女子サッカーリーグの得点女王となった[2]。また2009年のユニバーシアード・ベオグラード大会で活躍したことでカナダのヨーク大学から誘いを受け、2カ月半留学。同国の大学選手権において14試合14得点という成績を挙げて得点女王と最優秀選手に輝いた[3]。また、2011年のユニバーシアード・中国大会でも6試合8得点という成績で得点女王となった[2]。
シニア
- オリンピック・リヨン
2012年1月、ユニバーシアード中国大会での活躍が同大会に参加していたフランス代表コーチの目にとまり、同者がアシスタントコーチを兼任していたフランス女子サッカーリーグ1部(ディヴィジオン・アン・フェミニン)所属オリンピック・リヨンのトライアウトに招待され、そのまま契約に至った[2]。リヨンは2010-11シーズンまでリーグ5連覇中、フランスの女子クラブとして初めて完全プロ化した名門であった。
同年3月21日、UEFA女子チャンピオンズリーグ 2011-12 準々決勝のブレンビーIF戦でデビュー[4](試合は0-4でリヨンの勝利[5])。同年4月28日、クープ・ドゥ・フランス・フェミニーヌ(女子フランス杯)の対アラス戦でハットトリックを達成した(試合は0-8で勝利[6])。同年5月17日、チャンピオンズリーグ決勝のフランクフルト戦では88分から途中出場し、チームは2対0で勝利[7]。日本人として永里優季(2009-10)、熊谷紗希(2011-12、スタメン)に続いて、チャンピオンズリーグ決勝のピッチに立った3人目の選手[4]になると同時に、優勝メンバーともなった。
2012-13シーズンはレギュラー奪取とはならず、個人としてリーグ12試合10得点、カップ戦では1試合2得点という成績で、チームはリーグ優勝とカップ優勝の二冠を達成した。またシーズン中の11月には本年創設された国際女子サッカークラブ選手権2012のため来日。1回戦の日テレ・ベレーザ戦では5-1と大量リードした後半18分から出場したが得点はならず(チームは5-2で勝利)[8]、決勝のINAC神戸レオネッサ戦は不出場に終わった[2]。チームは2対1で勝利し、本大会の初代女王となっている。
- 浦和レッズレディース
2013年6月27日、シーズン途中のなでしこリーグ1部に所属する浦和レッズレディースと契約を結んだことが発表された。当時浦和はリーグ8位に低迷しており得点力を見込まれていたが[9]、本シーズンはリーグ3試合、カップ戦には2試合出場で無得点という成績となり、チームもリーグ6位に終わった。2014年シーズンにはチームが5年ぶりのリーグ優勝を達成したなかで、18試合3得点という成績だった。
- EAギャンガン
2014年12月5日、フランス女子1部のEAギャンガンへと移籍することが発表された。背番号4[10]。ギャンガンでの2014-15シーズンはリーグ5試合2得点、カップ戦3試合無得点という成績で[11]、最終節のリヨン戦終了後に25歳で選手生活からの引退を発表した[12]。
現役引退後(1度目)
2016年、FIFAマスターに入学[13]。2017年7月、同大学院を修了[14][15]。
現役復帰
- パリFC
2017年8月、現役復帰し、フランス女子1部に所属するパリFCに加入[16]。
- ニッパツ横浜FCシーガルズ
2018年1月22日、なでしこリーグ2部に所属するニッパツ横浜FCシーガルズへの加入が発表された[17]。その年、11得点を上げリーグ得点王を獲得した[18]。
- ジェフ千葉レディース
2019年1月29日、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースへの加入が発表された[19]。
- なでしこケア設立
同年7月、熊谷紗希、近賀ゆかりらと共に、「女子サッカーの価値向上」と「地域や社会の課題解決」を目的に一般社団法人なでしこケア (略称: なでケア)を設立[20]。大滝は女子サッカーの社会的地位の向上を願う選手たちの声を取りまとめ、団体を創設した[21]。
2020年12月30日、クラブからのニュースリリースで2021シーズン契約更新の報告の際に入籍したことを発表[22]、翌2021年5月7日、妊娠したことが発表された[23]。同年11月5日に長男を出産[24]。
2023年6月10日、2022-23シーズン限りで、現役を引退することを発表した[25]。
代表
2012年6月20日、国際親善試合のスウェーデン戦でA代表デビュー[26]。同年のロンドンオリンピックではバックアップメンバーとしてチームに帯同した[26]。2013年のアルガルヴェ・カップにも招集され2試合に出場した。いずれも得点はなかった。
現役引退後(2度目)
所属クラブ
- 2002年 - 2007年 横須賀シーガルズ
- 2008年 - 2011年 早稲田大学ア式蹴球部女子
- 2012年 - 2013年 オリンピック・リヨン
- 2013年 - 2014年 浦和レッドダイヤモンズ・レディース
- 2014年 - 2015年 EAギャンガン
- 2017年 パリFC
- 2018年 ニッパツ横浜FCシーガルズ
- 2019年 - 2023年 ジェフユナイテッド市原・千葉レディース
個人成績
タイトル
クラブ
オリンピック・リヨン
- ディヴィジオン・アン: 2回 (2011-12, 2012-13)
- フランスカップ: 2回 (2011-12, 2012-13)
- UEFAチャンピオンズリーグ: 1回 (2011-12)
- 国際女子サッカークラブ選手権: 1回 (2012)
浦和レッズレディース
- 日本女子サッカーリーグ: 1回 (2014)
個人
- 関東大学女子サッカーリーグ 得点王: 2回 (2008, 2010)
- ユニバーシアード 得点王: 1回 (2011)
- なでしこリーグ2部 得点王: 1回 (2018)