近賀ゆかり

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愛称 きんちゃん
カタカナ キンガ ユカリ
ラテン文字 KINGA Yukari
国籍 日本の旗 日本
近賀 ゆかり
名前
愛称 きんちゃん
カタカナ キンガ ユカリ
ラテン文字 KINGA Yukari
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-05-02) 1984年5月2日(41歳)
出身地 神奈川県横浜市戸塚区
身長 161cm
体重 51kg
選手情報
ポジション DFMF
利き足 右足
ユース
横須賀シーガルズFC
2000-2002 湘南学院高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2010 日本の旗 日テレ・ベレーザ 146 (30)
2011-2013 日本の旗 INAC神戸レオネッサ 42 (3)
2014 イングランドの旗 アーセナル・レディースFC 12 (0)
2015-2016 日本の旗 INAC神戸レオネッサ 36 (3)
2016-2017 オーストラリアの旗 キャンベラ・ユナイテッドFC 12 (3)
2017 中華人民共和国の旗 杭州女子倶楽部
2017-2018 オーストラリアの旗 メルボルン・シティWFC英語版 14 (2)
2018 中華人民共和国の旗 杭州女子倶楽部
2018-2019 オーストラリアの旗 メルボルン・シティWFC 11 (3)
2019 日本の旗 オルカ鴨川FC 18 (2)
2019-2020 オーストラリアの旗 メルボルン・シティWFC 12 (1)
2020 日本の旗 オルカ鴨川FC 17 (2)
2021- 日本の旗 サンフレッチェ広島レジーナ 47 (3)
通算 367 (52)
代表歴2
2002  日本U-19 4 (0)
2005-2016  日本 100 (5)
獲得メダル
女子サッカー
女子W杯
2011 ドイツ
2015 カナダ
オリンピック
2012 ロンドン女子
ユニバーシアード
2003 テグ女子
2005 イズミル女子
1. 国内リーグ戦に限る。2025年5月17日現在。
2. 2016年3月9日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

近賀 ゆかり(きんが ゆかり、1984年5月2日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区[1] 出身の元女子サッカー選手。元サッカー日本女子代表。サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダーディフェンダー湘南学院高等学校日本体育大学体育学部体育学科出身。

第15回L・リーグ2003年)新人賞。北京オリンピックロンドンオリンピック日本代表。2007年2011年2015年FIFA女子ワールドカップ日本代表。

ユース

小学3年生の時に、4歳年上の兄の影響で東汲沢サッカークラブでサッカーを始める。男子に混じって区の選抜チームに選ばれ、中学校入学時に出身校とは別の小学校の教員からの紹介で横須賀シーガルズFCに入団[2]。当時からベレーザ入団まで、ポジションは一貫してFWであった。同クラブで全国大会優勝2回、3位1回に貢献する。卒業後は、チームメイトであった矢野喬子と共に湘南学院高等学校女子サッカー部でプレーし、高校選手権準優勝2回を果たす。15歳でU-18女子代表に選出されるとその後各世代別代表で主力として活躍し、高校3年時にはAFC U-19女子選手権で優勝、FIFA U-19女子世界選手権に出場(ベスト8)。同年12月に初めて日本女子代表候補に選ばれ、トレーニングキャンプに参加した。

シニア

日テレ・ベレーザ

日本体育大学体育学部体育学科に進学した2003年日テレ・ベレーザに入団。入団時の主なポジションはトップ下ウイングなどの攻撃的なポジションであり、入団初年度には22試合中20試合に出場、6得点を記録し新人賞を獲得。アテネ五輪前の代表合宿でも存在感を発揮、翌2004年にはアテネ五輪のバックアップメンバーにMFとして登録された。

2005年オーストラリア戦(3月29日オーストラリアミランダ、国際親善試合)で代表初出場。また、大学1、3年時には、ユニバーシアード代表として銀メダル、銅メダル獲得に貢献した。

2007年、当時の代表監督であった大橋浩司により、その豊富な運動量と高い足元の技術を買われてサイドバックにコンバートされると、直後のキプロス遠征で活躍を見せ、ワールドカップ出場権獲得に貢献した[3][4]

第5回FIFA女子ワールドカップにDFとして出場、アルゼンチン戦でアディショナルタイム荒川の決勝点に結びつけるシュートを打ち、勝利に貢献する。翌2008年北京オリンピックではMFあるいはDFとして全試合フル出場し、積極的にサイドから仕掛けて得点機を演出。第3戦の対ノルウェー戦で先制点を挙げ、代表初得点を記録した(1得点1アシスト)。

INAC神戸レオネッサ

2011年1月、8年在籍したベレーザから澤穂希大野忍南山千明とともにINAC神戸レオネッサに移籍[5]。2011年7月、第6回FIFA女子ワールドカップでは右サイドバックのポジションで全試合フル出場し、1アシストを記録、初優勝の快挙に貢献。翌2012年ロンドンオリンピック でも全試合フル出場、銀メダルを獲得した。

2012年12月22日皇后杯準決勝の浦和レッズレディース戦にて、右膝を負傷して前半25分に退場。右膝前十字靭帯断裂及び半月板損傷の重症を負い、全治6ヶ月と診断された[6]。翌2013年1月15日に靭帯再建手術を受け、同年8月4日のリーグカップ戦で途中交代出場して公式戦復帰を果たした。

アーセナル

2014年アーセナル・レディースFCへ移籍[7]。主にボランチでプレーした[8]。同年6月1日に行われたFA女子カップ決勝のエヴァートン・レディース戦では、後半16分に追加点となるゴールを決め、チームを2-0の勝利に導き、アーセナルは2年連続13度目の優勝を果たした[9]

INAC神戸レオネッサ

2015年、古巣のINAC神戸レオネッサへ復帰した[10]

2016年リオデジャネイロオリンピックのサッカー女子アジア最終予選の日本代表メンバーに選出された[11] が、チームは予選3位となり五輪出場権を逃した[12]

キャンベラ・ユナイテッド

2016年10月オーストラリアの女子サッカーリーグ・Wリーグに所属するキャンベラ・ユナイテッドFCに移籍することを表明した[13]。全12試合に出場し3得点を記録、チームは7勝3敗2分(勝ち点23)でWリーグプレミアシップ(リーグ1位)を獲得した。翌2017年2月5日に行われたプレーオフ準決勝ではリーグ4位のメルボルン・シティWFC英語版に0-1で敗れチームは決勝進出を逃した[14]。近賀はチーム内表彰で年間最優秀選手と選手間投票による最優秀選手に選出された[15]

杭州女子倶楽部

2017年2月、キャンベラ・ユナイテッドがWリーグのプレーオフ準決勝で敗れた後、中国女子2部リーグの杭州女子倶楽部へ移籍した[16][17][18]

メルボルン・シティ

2017年10月、Wリーグのメルボルン・シティWFC英語版への移籍を発表した[19]。チームはリーグ4位でプレーオフに進出し、プレーオフ準決勝でブリスベン・ロアーFC(リーグ1位)に2-0で勝利して決勝に進出した[20]2018年2月18日アリアンツ・スタジアムで行われたグランドファイナルでシドニーFC(リーグ2位)に2-0で勝利し、チームの3連覇に貢献した[21][22]

杭州女子倶楽部

2018年3月、中国女子2部リーグの杭州女子倶楽部へ再び移籍した[23]。シーズン2位で終了し、1部自動昇格は果たせなかった。

メルボルン・シティ

2018年10月、再び豪州Wリーグのメルボルン・シティWFCへ移籍[24]。シーズン5位となり、プレーオフ進出を逃した。

オルカ鴨川

2019年2月、国内2部リーグのオルカ鴨川FCへの移籍を発表。同チームのGMには盟友の北本綾子がおり、数年前から熱心なオファーを受けていたとチーム公式でコメントしている[25]

メルボルン・シティ

2019年10月、Wリーグのメルボルン・シティWFCへ3度目の移籍。チームはレギュラーシーズンを11勝1分の無敗でリーグ1位でプレーオフ進出を果たした。翌

2020年3月21日AAMIパークで行われたグランドファイナルでシドニーFCに1-0で勝利し、4度目の優勝を果たした[26]

オルカ鴨川

同年2月1日、Wリーグ終了後、オルカ鴨川FCへ再加入するこが発表された[27]

サンフレッチェ広島レジーナ

2020年12月、翌年9月より開幕する日本初の女子プロリーグ・WEリーグに参入するために創設されたサンフレッチェ広島レジーナへ移籍[28][29]。チームの初代主将に就いた[30]

2024年10月22日、同月14日に行われた2024-25 WEリーグ 第5節 新潟戦で負傷し、左膝前十字靭帯損傷で全治約8か月と診断され、手術を受けたことが発表された[31]

2025年4月8日2024-25シーズン限りで現役を引退することを発表した[32][33]

同年5月4日エディオンピースウイング広島で開催されたホーム最終戦(ノジマステラ神奈川相模原戦)終了後に行われた引退セレモニーでは、佐々木則夫元代表監督や澤穂希阪口夢穂岩渕真奈2011年の女子ワールドカップ優勝メンバーを含む元日本代表選手8人が駆け付け、WEリーグ全12チームからのビデオメッセージも会場で流された[34][35][36]。また同年5月17日に行われた現役最後の試合となるアルビレックス新潟レディース戦ではゴールを決めて見せた[37]

引退後

2025年6月、サンフレッチェ広島レジーナアンバサダーに就任[38]

同年8月、女性初の日本サッカー協会ロールモデルコーチに就任[39][40]。世代別代表の日本女子代表チームをはじめ、若年層の強化および普及活動に携わる。

個人成績

タイトル・表彰

クラブ

代表

個人

  • 日テレ・ベレーザ
  • INAC神戸レオネッサ
    • なでしこリーグベストイレブン:2回 (20112012
  • キャンベラ・ユナイテッドFC
    • PFA Jetts W-League Team of the Season:1回(2016-17[104]

表彰

主なメディア出演

脚注

外部リンク

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