大石田町
山形県北村山郡の町
From Wikipedia, the free encyclopedia
大石田町(おおいしだまち)は、山形県の北東にある人口約6千人の町。北村山郡に属する唯一の自治体。
地理
歴史
かつては最上川の舟運で栄えた。延喜式によると、多賀城と秋田城とを結ぶ街道沿いに「野後駅」という駅があったが、その場所は長年、尾花沢市を含む北村山郡内のいずれかではないかと推定されていたが、詳しい場所は分からなかった。近年、町北部の最上川沿いにある「駒籠楯跡」において、掘立柱建物の遺構群が発見され、発掘調査を行っている山形県教育委員会では、この遺跡が「野後駅」であった可能性が高いとしている[1][2]。
大石田の南には、碁点、隼、三ヶ瀬の最上川三難所があり、物資を安全に運ぶためには、大石田河港で陸揚げし、三難所を避けて陸路運ぶ方がリスクが少なく、確実であった。舟運で上流部に運ぶ場合でも、三難所があるため、酒田港からの大型の川舟はここまでしか入れず、三難所を越えるために小型の舟に積み替える必要があり、いずれにしても大石田河港に舟を着けなければならなかった。そのため、大石田は最上川の港としては最大の物資の集積地として繁栄した。天領であり、大石田川船役所が置かれた。その輸送路は山形県村山地方や置賜地方のみならず、奥羽山脈を越えて仙台藩にまで至り、仙台城下に上方の物資をもたらした。
一方、最上川の対岸に当たる横山と田沢は新庄藩の飛び地であった。新庄藩の立藩から幕末まで一貫して新庄藩領であり、横山番所が置かれた。
行政
議会
- 町議会
→詳細は「大石田町議会」を参照
経済
姉妹都市
地域
人口
| 大石田町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 大石田町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 大石田町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
大石田町(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
公共施設
教育
かつては町内に山形県立大石田高等学校が存在した。
小学校
→「山形県小学校の廃校一覧 § 北村山郡」も参照
- 大石田町立大石田小学校
- 大石田町立大石田北小学校
- 大石田町立大石田南小学校
中学校
→「山形県中学校の廃校一覧 § 北村山郡」も参照
交通
観光ほか
- 大石田まつり
- 最上川大花火大会
- 大石田ゴルフクラブ
- 大石田そば街道
- 乗船寺
- あったまりランド

