大門 (さいたま市)
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地価
歴史
もとは江戸期より存在した武蔵国足立郡三沼(見沼)領に属する大門町、古くは室町期より見出せる足立郡のうちの大門であった[5]。
- 発足時は幕府領、1597年(慶長2年)は岩槻藩領、正保年間(1645年 - 1648年)は忍藩領、1697年(元禄10年)より再び幕府領となる[5]。
- 1868年(慶応4年)6月19日 - 武蔵知県事・山田政則(忍藩士)の管轄となる。
- 1869年(明治2年)
- 1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1872年(明治5年) - 大門郵便局が開局する[5]。
- 1873年(明治6年) - 大興寺を仮用して大門学校(現・さいたま市立大門小学校)が開設される[5]。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、大門町、下野田村、北原村、間宮村、差間村と玄蕃新田が合併し、大門村が発足[6]。大門村の大字大門となる[5]。町役場を大字大門に設置。村名は小村の中で最も大きかった大門村の名前が採用された。
- 1956年(昭和31年) 4月1日 - 野田村・戸塚村・大門村が合併し、美園村が発足[6]。美園村の大字となる。
- 1957年(昭和32年) - 大門郵便局が美園郵便局に改名する[5]。
- 1962年(昭和37年)5月1日 - 美園村のうち、旧大門村の差間・行衛を除く区域と旧野田村が浦和市に、旧戸塚村と旧大門村の差間・行衛が川口市にそれぞれ編入される[7]。浦和市の大字となる。
- 1970年(昭和45年)
- 1976年(昭和51年)12月28日 - 大門第一特定土地区画整理事業の事業計画決定が告示される[9]。
- 1980年(昭和55年)3月 - 地内に東北自動車道が開通[8]。
- 1992年(平成4年)
- 1995年(平成7年)3月3日 - 大門上・下野田特定土地区画整理事業の事業計画決定が告示される[9]。
- 1999年(平成11年)6月4日 - 一部を事業区域に含む浦和東部第一特定土地区画整理事業・浦和東部第二特定土地区画整理事業・大門下野田特定土地区画整理事業の都市計画決定が告示される[9]。
- 2001年(平成13年)
- 2003年(平成15年)4月1日 - さいたま市が政令指定都市に移行し、同市緑区の大字となる。
- 2014年(平成26年)3月3日 - 大門下野田特定土地区画整理事業の事業計画決定が告示される[9]。
- 2017年(平成29年)2月18日 - 浦和東部第二特定土地区画整理事業の換地処分が前日に行われた[9]ことに伴い、事業区域とその周辺で町名地番変更が行われ[10]、大字南部領辻・大字中野田・大字上野田・大字高畑・大字寺山・大字大門・大字下野田・大字玄蕃新田の各一部から美園一丁目・三丁目 - 六丁目が成立[11][12]。
- 2020年(令和2年)3月31日 - 地内の市指定天然記念物である「コルクガシ」が、調査の結果アベマキと判明したため、「大門のアベマキ」に名称変更される[13]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[14]。
| 区域 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | さいたま市立大門小学校 | さいたま市立美園中学校 |
交通
文化財・寺社
- 大門宿本陣表門・脇本陣表門[15]
- 大門神社
- 愛宕神社
- 春日神社
- 大興寺 - 「大興寺のヒヨクヒバ」(市指定天然記念物)があったが、2002年の台風21号により倒伏したため指定解除された[16][17]。
- 椚谷遺跡
- 赤門豊川稲荷神社
- 大門のアベマキ(市指定天然記念物) - 指定当時(1969年)樹高9メートル、幹まわり1.2メートル、根まわり1.8メートルのアベマキの木。旧称「コルクガシ[18]」。大門第二特定土地区画整理事業の事業区域に含まれており、樹木が都市計画道路用地(東川口大門線)に掛かっていた。その後道路工事の進展の際に道路用地の西側脇に移植された。
- アケビ(市指定天然記念物) - 根回り73.5 cm、幹回り59.5 cmのアケビの大木[15]。枯死により2016年度指定解除[17]。
施設
- さいたま市立大門小学校
- 国立武蔵野学院
- 大門東裏公園
- 大門幼稚園
- 大門南自治会館
- 大門上自治会館
- 大門下自治会館
- 美園公民館