Wikiwand AI

大坂城物語

日本の映画 From Wikipedia, the free encyclopedia

『大坂城物語』(おおさかじょうものがたり)は、1961年(昭和36年)1月3日に公開された日本映画である[出典 1]。製作[出典 2]・配給[5][2]東宝は。村上元三原作、稲垣浩監督。

カラー、東宝スコープ[4][3](ワイド[6])。上映時間は95分[1]。同時上映は『暗黒街の弾痕』。

大坂冬の陣を題材としたオールスターキャスト時代劇[5]。

ストーリー

慶長19年、方広寺鐘銘事件が起こり[5]、きな臭い雰囲気が漂い始めた大坂。そこに関ヶ原の戦いで家族を失った浪人・茂兵衛がいた[5]。

茂兵衛はふとしたことから、加藤清正の息女の小笛姫や、薄田隼人正、伊丹屋道幾らを中心とする、徳川と豊臣の戦いを避けようとする一派の動きに巻き込まれる[5]。

キャスト

キャスト(ノンクレジット)

スタッフ

製作

配役

三船敏郎主演だが、実際には三船単独ではなく平田昭彦と市川團子を加えたトリプル主演というべき人物配置になっており[注釈 1]、平田は本作で『酔いどれ天使』を見て以来ずっと憧れの久我美子と結婚に漕ぎ着けたエピソードの方が、作品より知られる。新東宝を退社した丹波哲郎は前年の谷口千吉監督と三船主演の『国定忠治』に次いで助演している。

鶴田浩二が撮影直前に東宝を退社(満2年契約終了)して東映に移籍したため、鶴田の役が(衣裳の手直しを必要としない)同じ背格好の平田に渡ったとも言われているが、平田は同時上映の『暗黒街の弾痕』にも三橋達也の上司役で出演しており、こちらはわずかな出番でほとんどカメオ出演である。

千姫役の星由里子によれば、淀君役の山田五十鈴は当時舞台に出演していたため、山田との撮影は23時ごろから行われたが、山田は怒る演技をこなした後、翌日の舞台に備えてそのまま帰っていたという[10]。

東宝の正月映画であり、御殿場での合戦場面ではエキストラを募ったが、当時は安保闘争の基地反対デモにより、どうしても集まらなかった。監督の稲垣浩は仕方なく、男女の老人や若い女性を集め、鎧兜の衣装を着せて戦場の場面を撮影した[注釈 2]。稲垣は、戦時中は出征で男子が集まらず、同様に合戦シーンに女子を使ったころを思い出したという[12]。

特撮

本編の舞台となる大坂城は、撮影当時の大阪城を使用せず、桜井成廣による当時最新の考証を基に復元された、巨大なミニチュアを東宝撮影所の小プールに建てて使用している[出典 3]。ポスターでは桜井が作成した復元模型[注釈 3]を使用している。

大坂夏の陣屏風から復元された大阪城天守と異なり、本作品は冬の陣屏風下絵を参考にしており、印象が大幅に異なる(最上階の華頭窓など)。また、本丸南面には唐使節を饗応するために建造された懸造りの大書院が2階建てで再現されているが、史実では慶長大地震で崩壊しており、2階建て説は否定されている。広間のセットは、合成によって天井が再現された[2]。炎上シーンのミニチュア撮影は、農場オープンと呼ばれる東宝撮影所近くのオープンセット用の敷地で撮影された[13]。

本作品のフィルムやミニチュアは、大坂夏の陣を舞台とする『士魂魔道 大龍巻』をはじめ[14]、『妖星ゴラス』や『佐々木小次郎』などでも流用された。

冒頭の方広寺大仏開眼法要は、ミニチュアの大仏の移動撮影とロケーションによる大法要の移動撮影を人手による計算で撮影・合成させているが[出典 4]、史実の方広寺大仏は露座ではなく大仏殿に鎮座していた。

そのほか、合戦シーンでは合成やミニチュアによる爆破が多用された[2]。

音楽

本作品の音楽は伊福部昭が担当した。タイトル曲は「最後の脱走」と同様に「陸軍分列行進曲」をアレンジしており、後年には『ゴジラvsキングギドラ』で再アレンジされて使われている。また、アクションシーンに流れる音楽(M12、M18、M25、M31)のメロディーは、伊福部の「シンフォニア・タプカーラ 第1楽章 レント・モルト〜アレグロ」の後半部分をアレンジして使っている。

東宝ミュージックから、オリジナル・サウンドトラックが発売されている。

映像ソフト

  • DVD
    • 2015年7月15日、「東宝DVD名作セレクション」として発売された[15]。

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks