Wikiwand AI

天主実義

From Wikipedia, the free encyclopedia

『天主実義』(てんしゅじつぎ、拼音: Tiān zhǔ shí yì、天主實義)は、明代中国のイエズス会宣教師、マテオ・リッチ(利瑪竇)の主著[1]。天主教(カトリック)の教義を漢文で説明した書物[2]。1603年(万暦31年)初刻[2]。

中国人の「中士」と西洋人の「西士」の問答形式で、天主(神)の存在、人間の霊魂、倫理などについて論じる[2]、カテキズム(教理問答)である[3][4]。神を中国古来の「上帝」や「天」と結びつける点に特徴がある[5][6](適応主義(英語版))。三教・理気論・性善説などの中国思想と、アリストテレスなど西洋哲学との東西対話の要素を含む[5][7][8]。

文体は、明代風の漢文だが名文とは言いがたく、破格の句法や造語を含む[9]。

全2巻8篇[2]。冒頭に馮応京(中国語版)の「天主実義序」とリッチ自身の「天主実義引」がある[10]。

成立

本書は1594年頃から執筆、1596年頃脱稿、ゴアの異端審問官から出版許可が下りた後、1603年北京で初刻された[3]。

本書の姉妹作として、ルッジェーリ『天主実録』(『天主聖教実録』とも、1584年)[11][3][12][13]、リッチ『天主教要』(1605年)[3][14]、リッチ『畸人十篇』(1608年)がある[15][12][16]。

影響・伝来

徐光啓は本書を読んで受洗を決意した[17]。康熙帝も本書に敬意を表したとされる[18][19]。

本書の影響のもと、アレーニ『三山論学記』[20][21]、プレマール『儒教実義』[22]、回儒の王岱輿(英語版)『正教真詮』[23]などが著された。『聖朝破邪集』には、費隠通容や雲棲祩宏による本書への批判が収録されている[20]。李之藻の叢書『天学初函』にも収録された[24]。『四庫提要』には存目として載っている[25]。

本書は漢字圏での布教に使うため、度々重刻された[24]。典礼論争による禁教を挟んで、清末の1868年(同治7年)に再び重刻された[26]。

李氏朝鮮では、実学者の李睟光(英語版)や李星湖に読まれ、朝鮮のキリスト教の拡大に貢献した[27]。

日本にも舶来し、キリシタンの禁書に指定されながらも、林羅山や平田篤胤[28][29]、水野軍記[30]に読まれた。新井白石[28]、ハビアン[31][32][33]にも読まれたと推測される。内閣文庫・蓬左文庫には現存最古級の刊本がある[29][34]。

日本語訳

  • 後藤基巳『天主実義』明徳出版社〈中国古典新書〉、1971年。ISBN 978-4896192520。 (訓読と要約)
  • 柴田篤 訳『天主実義』平凡社〈東洋文庫〉、2004年。ISBN 978-4582807288。 (現代語訳)

参考文献

脚注

関連項目

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks