天領日田洋酒博物館

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愛称 ウィスキー博物館
専門分野 洋酒ウィスキー
収蔵作品数 約3万点[1]
館長 高嶋甲子郎[2]
天領日田洋酒博物館
Tenryo Hita Wisky Museum
施設情報
愛称 ウィスキー博物館
専門分野 洋酒ウィスキー
収蔵作品数 約3万点[1]
館長 高嶋甲子郎[2]
開館 2011年4月[3]
所在地 877-0046
大分県日田市本庄町3-4
位置 北緯33度19分7.8秒 東経130度55分57.5秒 / 北緯33.318833度 東経130.932639度 / 33.318833; 130.932639座標: 北緯33度19分7.8秒 東経130度55分57.5秒 / 北緯33.318833度 東経130.932639度 / 33.318833; 130.932639
外部リンク 公式ウェブサイト
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天領日田洋酒博物館(てんりょうひたようしゅはくぶつかん)は、大分県日田市本庄町3-4にある私設博物館。2011年(平成23年)4月に開館し[3]ウィスキー博物館という別名がある。洋酒ウィスキーに関するボトルノベルティなど、約3万点を所蔵・展示している[1]。館長は洋酒愛好家の高嶋甲子郎[1]

建物の歴史

昭和初期の日田劇場

1921年(大正10年)9月15日[4]日田郡日田町に町営の芝居小屋である日田劇場が落成した[5]。1923年(大正12年)に日田騒動が起こった際には、日田劇場や日田町公会堂で弾劾演説会が開催されている[6]

1933年(昭和8年)には元鉱山経営者の穴井愼汪が劇場主となり[7]、穴井愼汪は日田劇場のほかにも大分市の大分劇場や日田郡の大鶴劇場なども経営していた[8]。日田劇場が映画館化したのは1948年(昭和23年)のこととされる[9]

戦後の所有者は大分県議会議長の穴井助三だったが、1959年(昭和34年)頃には宇野建築事務所の宇野龍頼の設計によって鉄筋コンクリート造3階建の建物に建て替えられた[10]。新館の床面積は1052.70m2であり、ワンスロープ型で客席約800の劇場だった[10]。『映画館名簿』には日田映劇として掲載されるようになり、美空ひばり島倉千代子などの著名人も日田映劇に来演した[10]

日田映劇は1970年頃に閉館した。1970年代には日田映劇の建物がパチンコ店に転用され、1980年代には建物が家具店に転用されていた。

博物館の歴史

日田映画劇場の建物を転用した施設

洋酒愛好家の高嶋甲子郎は中学1年の時に洋酒ウィスキーに関するグッズの収集を始めた[1]。大学生になると3つのアルバイトを掛け持ちしてウィスキーを買う資金を貯め、卒業後には東京の大企業で働いてウィスキーを買う資金を貯めた[1]。家業である家具卸売業を手伝うために帰郷したが、生活費以外の売上はすべてウィスキーの購入費となった[1]

高嶋がウィスキーに関する収集を始めてから30年経った2011年(平成23年)4月、天領日田洋酒博物館を開館させた[3]うえやまとちの料理漫画『クッキングパパ』127巻では荒岩親子が日田市を訪れており[11]、1話まるまる使って天領日田洋酒博物館が取り上げられた[1]

2014年(平成26年)9月から2015年(平成27年)3月まで、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝竹鶴リタを主題とするNHK連続テレビ小説マッサン」が放送された際には、マッサン特設コーナーを設置した[12]。なお、竹鶴政孝が製作した単式蒸留器(ポットスチル)も常設展示している[1]

2020年(令和2年)7月にはYouTubeチャンネルを開設し[13]、2021年(令和3年)7月には公式ウェブサイトを開設した[14]。2021年(令和元年)には京都国立博物館副館長の栗原祐司が著した『博物館の世界 学び直しに活かせる新しい鑑賞術と厳選20館』で紹介された[15]。2022年(令和4年)9月14日、TOKYO MXの旅バラエティ番組「日本グレートスポット紀行」で紹介された[16]。2026年(令和8年)1月20日、「マツコの知らない世界」にて私設博物館として紹介。[17]

来館者

来館したことのある著名人には以下の人物などがいる。

交通アクセス

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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