始皇帝 -勇壮なる闘い-

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始皇帝
-勇壮なる闘い-
各種表記
簡体字 大秦直道
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始皇帝 -勇壮なる闘い-』(しこうてい ゆうそうなるたたかい、原題:大秦直道)は、2009年の中国のテレビドラマ[1]。製作費4.5億円[2]。全45話。

紀元前221年のによる中国統一後、万里の長城始皇帝陵と並び称される秦直道中国語版建造プロジェクトの物語。

中国では途中で放映が打ち切られ、またDVDビデオ等も発売されなかったとのことであるが理由不明である。日本では手を入れられたものが放映ないしDVD販売されており、中国正規版と称する日本向けDVDが販売されているが、これが中国国内に流通しているのかは不明である。

背景

匈奴の侵入を防ぐため秦王朝は30万の兵を動員して臨洮から遼東まで万里の長城を築いた。この工事には30万の民も駆り集められた。

辺境で働く60万人の食料を供給するには、幾つもの山を越え、内地から輸送するしかなかった。900キロメートルに及ぶ険しい道のりは、厳しい気象条件に加え、盗賊に襲われる危険性もある。輸送はまさに困難を極めた。

このドラマで匈奴は「胡人(フー・レン)」と呼ばれている。人とは古代、中原の北西地域に暮らしていた少数民族の総称である。代は戎狄(じゅうてき)と呼ばれていた。

西周末期には犬戎が都の鎬京を襲撃し幽王を殺害、周は岐豳を占領され洛邑への遷都を余儀なくされる。戦国末期になると匈奴がオルドスの地を占拠し、咸陽まで200キロメートルの地に迫る。騎兵が1日で到着する距離である。

匈奴が隆盛を極めたのは、頭曼冒頓の時代である。匈奴の王・頭曼は撐犁孤塗単于(とうりことぜんう)の称号を持つ。「撐犁」とは“天”、「孤塗」とは“子”、「単于」は“広大な貌(かたち)”という意味である。

匈奴の祖先は夏王朝黄帝の血を引いており、殷代に北方に逃れたという。紀元前3世紀に北方の遊牧民族と融合し匈奴となった。その勢力は、東は遼河、西はパミール高原、南は長城、北はバイカル湖に及んだ。紀元4世紀、匈奴は漢民族や他民族と融合し消滅した。

一方で、一部はヨーロッパへ至り、ローマ帝国の滅亡に多大な影響を与えることとなる。その後ヨーロッパの民族と同化する。

あらすじ

を横断する長城と縦断する直道。

秦を南北に一直線に貫く“直道(ちょくどう)”は万里の長城兵馬俑と並び称され、“人類最古の高速道路”とも呼ばれる貴重な古代街道の遺跡である。『史記秦始皇本記』には「九原から雲陽まで、山を掘り谷を埋めて直通の道を開いた」と記されている。

秦の将軍・蒙恬が30万人を動員し2年半を費やして建設した、この2千年前の高速道路は、全長約900キロメートル、道幅は平均30メートル、広い場所では80メートルに及び、現在の内モンゴル包頭市からオルドス市を縦断し、秦の都・咸陽へと続く。

直道は紀元前209年に完成し、代に至るまでその役割を果たした。

スタッフ

  • 監督:蕭鋒
  • 脚本:林海鴎

主題歌

  • 《大秦歌》YouTube(オープニングとエンディングは別アレンジ)
    作詞:馬寧生、作曲:王黎光、歌:額尓古邦楽隊、演奏:北京影視愛楽楽団

登場人物・出演者

脚注

外部リンク

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