寺内良太
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押水中時代は石川県内でトップクラスの選手であったという[1]。1998年サンフレッチェ広島ユースに入団する[1]。一つ上の先輩が駒野友一、森崎和幸・森崎浩司兄弟。ユース時代はFWとして活躍し、同じく小柄な島卓視コーチから指導を受ける[1]。全広島サッカー選手権大会初優勝に貢献、広島県代表として第80回天皇杯全日本サッカー選手権大会に出場している。
2001年にトップへ昇格[1]。プロ同期入団は、林卓人、河野淳吾、トゥーリオ、西嶋弘之、梅田直哉、李漢宰。試合出場はないまま、1年で退団する[1]。2002年、ユースの先輩である吉田幸生と共にJFLに昇格した愛媛FCへ移籍[1][2]、2003年からは郷里に戻り地元クラブに所属、ツエーゲン金沢など当時北信越リーグでプレーした[1]。
2006年、ツエーゲン金沢所属時代にフットサルクラブのVEEX KIMURA FUTSAL CLUBと掛け持ちを始め、2007年からフットサルに専念する[1][3]。FUTSAL北信越チャンピオンズリーグに出場、チームを第7回FUTSAL地域チャンピオンズリーグ初出場へ導いている。
2012年、ユースの後輩でツエーゲン金沢時代のチームメイトであった木村龍朗が設立に携わったパテオFCの、ジュニアユースコーチに就任した[4]。2020年エスポワール白山FCコーチ、2024年からその代表を務めた[5]。2025年古巣の女子チームにあたるサンフレッチェ広島レジーナヘッドコーチに就任する。
略歴
- サッカー
- 押水第一サッカースポーツ少年団
- 宝達志水町立押水中学校
- サンフレッチェ広島ユース(広島県立吉田高等学校)
- 2001年 サンフレッチェ広島
- 2002年 愛媛FC
- 2003年 押水FC
- 2004年 - 2005年 松任FC/フェルヴォローザ石川・白山FC
- 2006年 ツエーゲン金沢
- フットサル
- 2006年‐2011年 VEEX KIMURA FUTSAL CLUB
- 指導歴
- 2012年 - パテオFCジュニアユースコーチ
- 2020年 - エスポワール白山FCジュニアユース代表兼コーチ
- 2025年 - サンフレッチェ広島レジーナヘッドコーチ