大牟田南高3年次の1968年にプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから8位指名を受けるが交渉権放棄により、社会人野球の電気化学へ入団。その後、九州産交へ移籍。都市対抗野球には2年連続で出場。
1971年、プロ野球ドラフト会議で大洋ホエールズから3位指名を受け入団[1]。
1972年、プロ1年目から一軍初出場を果たす。
1974年秋季キャンプ中の12月5日深夜に熊本市内の宿舎を抜け出し、パンストで覆面して女性宅へ進入し相次いで2人の女性に暴行したとして住居侵入罪、婦女暴行の容疑で逮捕された。小林は無期限失格選手となり[2]、その後野球界に関与していない。