小畑大太郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
男爵・小畑美稲の長男として東京府(現東京都)に生まれる[1][2]。1894年(明治27年)に慶應義塾大学を卒業し[3]、第十五銀行に入行[4]。1900年(明治33年)に欧米に留学[3]。1903年(明治36年)にニューヨーク大学商科卒業[3]。ケミカル銀行、カナダ銀行で銀行事務を研究[2]。帰国後、第十五銀行で書記を務めた後、同行副支配人となり、農村経済更生中央委員会委員となる[2][3]。
1912年(大正元年)12月20日、父の死去に伴い男爵を襲爵[1][5]。1916年(大正5年)9月16日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[6]第十五銀行を退職[4]。公正会に所属し死去するまで在任した[3][7]。1922年(大正11年)に第8回パリ万国議員商事会議に出席し[3]、1946年(昭和21年)に永年在職議員として表彰された[3]。
また、茨城県稲敷郡木原村(現美浦村)で農場を経営し、大日本農会評議員、私立東京農業大学評議員、茨城県農会顧問などを務めた[4]。
