千田嘉平
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鹿児島県出身。薩摩藩士・千田貞暁の二男として生まれる[1][3]。父・貞暁の死去に伴い、1908年(明治41年)6月17日、家督を相続し男爵を襲爵した[4]。
1891年(明治24年)東京府尋常中学校卒業[5]。1894年(明治27年)7月27日、陸軍士官学校(5期)を卒業し、同年9月18日、歩兵少尉に任官[6]。以後、近衛歩兵第2旅団副官、教育総監部副官、第4軍司令部副官、野津道貫元帥副官、近衛師団副官などを歴任[7]。1916年(大正5年)7月14日、歩兵大佐に昇進し歩兵第16連隊長に就任[6]。近衛歩兵第4連隊長を経て、1920年(大正9年)8月10日、陸軍少将に進み歩兵第19旅団長となる[6]。1924年(大正13年)2月4日に待命となり、同年2月26日、予備役に編入された[6]。
1925年(大正14年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[8]、公正会に属し死去するまで在任[7][9]。その他、日本競馬会設立委員、軍人援護対策審議会委員などを務めた[7]。
