東京府出身。文部官僚・辻新次の長男として生まれる[1][2]。工部大学校を経て、1886年(明治19年)、アメリカ合衆国に留学し、1890年(明治23年)、ローズ工科大学を卒業[2][3]。1893年(明治26年)以降、逓信省鉄道技師、鉄道技師、逓信技師、鉄道院技師、臨時鉄道国有準備局技師、鉄道会議臨時議員、伊那電車軌道取締役、日本化学製油社長などを務めた[2][3]。
父・新次の死去に伴い、1915年(大正4年)12月24日、家督を相続し男爵を襲爵した[1][4]。
1918年(大正7年)3月16日、補欠選挙で貴族院男爵議員に選出され[5]、公正会に属して死去するまで在任した[3]。