尾盛駅
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当駅付近の大井川は接阻峡と称する急流であり、舟による資材輸送が不可能であったことから同線の敷設は当駅付近から関ノ沢を越えて閑蔵へ至る索道を敷設して行われた。また、井川ダム尾盛横坑の資材も同駅から供給された[1]。そのため駅周辺にはこれらの建設関係者の宿舎である多数の飯場が存在した。最盛期であった1955年(昭和30年)ごろには17軒から18軒の飯場に約200人が住んでおり、小学校の分校も設置された。しかし、1957年(昭和32年)の井川ダム完成に伴って同駅付近は無人地帯となった。本来であればこのような駅は廃止されるはずだが、中部電力が大井川本流へダムを建設した際に川狩り[注釈 1]ができなくなることへの補償措置として各駅で木材搬出に協力する契約を結んでいたことから同駅は木材搬出のために存続することとなり廃止を免れた[注釈 2]。同駅からの木材の積み出しは1970年(昭和45年)2月を最後に行われていないが、契約はその後も有効であったため廃止されることなく存続している[1][2][3][4]。
駅構造
単式1面1線のホームを持つ地上駅。旅客用ホームは枕木を並べ、砂を盛り上げたもので、白線などはない。旅客用ホームの反対側に廃ホームがあり、廃ホーム上には熊出没時の避難小屋を兼ねた保線員詰所(詳細は後述)がある。保線小屋の横に『タヌキ物語 第7話 おもりの森に帰る』の説明看板と信楽焼のタヌキ2体が設置されている。

