山崎誠士
From Wikipedia, the free encyclopedia
競馬一家で育つが騎手になるつもりはなかった。しかし兄・裕也が騎手になれなかったことから(家族の)誰かがやらないと、という感じで騎手を目指す[3]。
2004NARグランプリ優秀新人騎手賞を受賞[5]。交流重賞勝ちを挙げるなど、町田直希(2005NARグランプリ優秀新人騎手賞受賞)とともに川崎競馬の若手騎手を代表する存在となっている。なお、山崎の勝負服の柄が「赤一色」であるのに対し、町田の勝負服は「黄一色」である。
2013年、川崎開催72勝で初のリーディングジョッキーとなる[6]。
2025年11月20日、地方競馬全国協会より『令和7年度第2回調教師・騎手免許試験新規合格者』が発表され、山崎が調教師試験合格者として公示された。これに伴い、同年12月1日付で調教師免許交付のため、11月30日付で騎手を引退することとなる[7]。同じく調教師試験に合格し引退する今野忠成とともに、12月19日の川崎10R終了後、ウイナーズサークルで引退セレモニーが開催された[8]。
戦歴
- 2003年
- 10月27日 - 初出走。川崎競馬第4競走でオレンジサッシュに騎乗し5着。
- 10月28日 - 川崎競馬第6競走でヨーカンドパリに騎乗し、初勝利[9]。
- 2005年12月30日 - 大井競馬第7競走でディーエスライナーに騎乗し勝利、通算100勝達成。
- 2006年5月3日 - 名古屋競馬場のダートグレード競走、かきつばた記念で自厩舎のロッキーアピールに騎乗し優勝。重賞初勝利[10]。
- 2008年1月3日 - 報知オールスターカップでエスプリベンに騎乗し勝利。南関東地区重賞初勝利。
- 2010年5月23日 - 京都競馬場第8競走でリバーキャッスルに騎乗し勝利。JRA初勝利[11]。
- 2016年8月11日 - 浦和競馬第6競走にてティーケーボーラーで勝利し、地方競馬通算1000勝を達成[2]。
- 2019年6月5日 - 東京ダービーでヒカリオーソに騎乗し勝利。祖父・三郎、父・尋美が果たせなかったダービージョッキーに輝いた[12]。
- 2020年11月13日 - 川崎競馬第6競走にてコウジンホウオウで勝利し、地方競馬通算1500勝を14494戦目で達成[13]。
- 2023年8月22日 - 川崎競馬第5競走にてビッグパレードで勝利し、地方競馬通算1828勝となり、父尋美の地方競馬通算1827勝を超えた。
- 2025年6月18日 - 川崎競馬第3競走にてアイビーブリッツに騎乗して1着となり、南関東では現役5人目となる地方競馬通算2000勝を1万8281戦目で達成[14]。
主な騎乗馬
- ロッキーアピール(2006年かきつばた記念)
- エスプリベン(2008年報知オールスターカップ)
- ボランタス(2010年ゴールドカップ、2011年報知オールスターカップ、埼玉栄冠賞、浦和記念)
- ハードデイズナイト(2013年留守杯日高賞、優駿スプリント、アフター5スター賞)
- スターローズ(2015年ユングフラウ賞)
- モダンウーマン(2016年桜花賞、ユングフラウ賞)[15]
- ディーズプリモ(2016年東京湾カップ)
- ベルゼブブ(2016年戸塚記念)
- ヒカリオーソ(2019年東京ダービー、戸塚記念)
- ゴールドホイヤー(2020年羽田盃、2021年報知グランプリカップ、2022年マイルグランプリ、2023年京成盃グランドマイラーズ)
- マンガン(2020年東京湾カップ)
- インペリシャブル(2020年黒潮盃)
- ロカマドール(2021年佐賀ヴィーナスカップ)
- ロードクエスト(2021年せきれい賞、OROカップ)
- スピーディキック(2022年戸塚記念)
- アムクラージュ(2023年ルーキーズサマーカップ)