山本潤子
日本の女性シンガーソングライター (1949-)
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山本 潤子(やまもと じゅんこ、旧姓:新居 潤子、1949年12月30日 - )は、日本の歌手・シンガーソングライター。
奈良県吉野郡天川村生まれ、大阪市阿倍野区出身。葱の花オフィス所属。
山本が携わったグループの代表曲として「翼をください」(作詞:山上路夫、作曲:村井邦彦、歌:赤い鳥)、「卒業写真」(作詞・作曲:荒井由実、歌:ハイ・ファイ・セット)などがある。アルファサウンドの決定版はハイ・ファイ・セットであり、特に好きなアルバムは「フィーリング」も収録された「ラブ・コレクション」、山本潤子は偉大な歌手であり心底ほれ込んでいると村井は書いている[1]。
「翼をください」は約30年以上にわたり小学校の音楽の教科書に採用され、その後も合唱曲として有名。
来歴
4人姉妹(長姉は8歳上、次姉は6歳上、三姉は4歳上)の末っ子として生まれた。父は呉服店を営んでいた。生後半年で父親の実家がある大阪市阿倍野区に転居、大学2年まで暮らした。南大阪幼稚園、苗代小学校、阿倍野中学校、帝塚山高校、帝塚山大学卒業。
大阪市の阿倍野の歩道橋上で、当時すでにロック・キャンディーズで活動していた谷村新司に声をかけられ、「ヒルビリー・シンガーズ」のボーカルとなったが3ヶ月しか続かなかった。高校2年生の時、ピーター・ポール&マリーのコピーバンドを結成。親衛隊があった[2]。
- 1969年、後藤悦治郎、平山泰代、山本俊彦、大川茂とともにフォークソンググループ「赤い鳥」を結成。同年、第3回「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」全国大会にて「竹田の子守唄」を歌いグランプリを獲得。第2位のオフコースなどを抑えての優勝。
- 1970年6月、日本コロムビアより『人生』にてメジャー・デビュー。
- 1971年、アルファ・アンド・アソシエイツに移籍。シングル「竹田の子守唄/翼をください」が大ヒット。
- 1973年4月、メンバーの山本と結婚。
- 1974年9月、「赤い鳥」解散。10月、山本、大川とともに新グループ「ハイ・ファイ・セット」結成。
- 1975年、東芝EMI/EXPRESSより「卒業写真」でデビュー。
- 1977年、「愛のフィーリング」のカバー曲である「フィーリング」発表。大ヒットとなり、第28回NHK紅白歌合戦(紅組)に出場。その後「冷たい雨」(作詞・作曲:荒井由実)、1991年には「忘れないわ」(作詞・作曲・編曲:小田和正)がヒットする。
- 1993年、飛鳥涼、小田和正らとチャリティーグループ「USED TO BE A CHILD」に参加。
- 1994年
- 8月、「日本をすくえ'94」スーパーバンド(日本武道館)に参加。
- 9月、「ハイ・ファイ・セット」解散。
- 10月、アルバム「JUNKO YAMAMOTO」でソロデビュー。
- 1995年 - 1996年、小田のコンサートツアー『FUN MORE TIME』にメインコーラスとして参加。
- 1995年
- 8月「日本をすくえ'95」(神戸メリケンパーク)に参加。
- 1996年
- 1997年
- 2月20日、伊勢正三コンサートにゲスト参加(渋谷公会堂)。その後、全国各地でジョイントコンサートを開催。
- 11月21日、FIFAワールドカップ予選で「翼をください」が話題になり「ニュースステーション(テレビ朝日)」に出演。
- 1998年
- 2月15日、1998年長野オリンピック「スキージャンプ/ラージヒル個人競技~表彰式前プレ・イベント」に参加、『翼をください』を歌唱。
- 6月より『LOVE LOVEあいしてる』(フジテレビ)に準レギュラーとして出演(1999年11月まで)。
- 7月30日、札幌プリンスホテルにてディナーショー。
- 1999年
- 2月27日 - 28日、山本潤子SpecialLive(池袋アムラックスホール)、鈴木康博・山本潤子・吉川忠英「PPMを歌う」が反響を呼ぶ。
- 8月4日、「もしかして二人は/青い夏」をリリース。
- 11月16日、「台湾大地震ハート・エイド」(東京国際フォーラム・ホールA)に参加。
- 2000年
- 2001年
- 2002年
- 2003年6月、ショーン星野、花木佐千子(1964年7月30日 - )、松谷麗王(れお)(1969年6月22日 - )とともにコーラスグループ「April」結成。
- 2004年、『風のようにうたが流れていた』(TBS)にゲスト出演。
- 2005年12月、8年ぶりのソロ・アルバム「small circle」を発表。ピュアな感覚を表現しようと、全14曲大半の作詞・作曲を手がけるギターの井川恭一との共同プロデュースで、インディーズからリリース[3]。
- 2006年2月20日、『SMAP×SMAP』のリスペクト70'sのコーナーゲストとして出演。「翼をください」を歌唱。
- 2007年
- 5月、『笑っていいとも!』(フジテレビ)の「本日限定プラチナランチショー〜アルタの花道〜」にゲスト出演し「翼をください」を歌唱。水曜レギュラーの南野陽子が山本の歌唱後、感極まり涙を流した。南野曰く「一番大好きな曲」。
- 9月、秋フェス、大山ミュージックリゾート in花回廊2007に出演。
- 2008年11月、稲垣潤一のアルバム『男と女 -TWO HEARTS TWO VOICES-』にオフコース「秋の気配」を稲垣とのデュエットで参加。
- 2009年
- 2010年11月20日、愛媛県松山市のひめぎんホールで開催された愛媛県民総合文化祭にゲスト出演し、松山少年少女合唱団と「翼をください」を共演する。
- 2014年
- 2015年5月29日、47年のキャリアにして初のCD-BOXの収録曲のリクエストを募る「みんなで選ぶ山本潤子 CD-BOX スペシャル・サイト」がオープン。
- 2022年8月米公開、9月日本公開映画『ブレット・トレイン 』(原題:Bullet Train)の挿入歌に「Song for Memories」の「Five Hundred Miles」(500マイル)が使用される。
人物
自分の声は好きではなく、アレサ・フランクリンのようなガラガラ声になりたいという[9]。愛煙家であり、医者の勧めにも係わらず、やめられないと嘆いている[10]。
性格は「一見クールだが、天然」。2人の娘の母親。
音楽作品
→赤い鳥の作品については「赤い鳥 (フォークグループ) § ディスコグラフィー」を、ハイ・ファイ・セットの作品については「ハイ・ファイ・セット § ディスコグラフィ」を参照
シングル
| 発売日 | タイトル | c/w | 規格 | 規格品番 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| Sony Records | ||||||
| 1st | 1994年10月1日 | 鍵があわない | セント・マーチンの夏 | 8cmCD | SRDL-3917 | |
| 2nd | 1995年5月1日 | いつでも夢に花束を | ジンクスなんて | 8cmCD | SRDL-4007 | |
| 東芝EMI/EASTWORLD | ||||||
| 3rd | 1997年11月12日 | 翼をください | 翼をください (英語版) | 8cmCD | TODT-5071 | |
| 4th | 1998年7月8日 | 緑の季節 | Wind Knot | TODT-5166 | ||
| Sony Records | ||||||
| 5th | 2002年2月20日 | Maxi | SRCL-5295 | |||
デュエット・シングル
| 名義 | 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | 発売元 |
|---|---|---|---|---|---|
| 伊勢正三・山本潤子 | 1999年8月4日 | もしかして二人は/青い夏 | 8cmCD | FLDF-1696 | フォーライフ・レコード |
アルバム
オリジナル・アルバム
セルフカバー・アルバム
カバー・アルバム
ベスト・アルバム
映像作品
CD-BOX
| 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|
| Sony Music Direct / CS RECORDS | ||||
| 1st | 2016年5月30日 | Junko Yamamoto ALL TIME SONGS | Blu-spec CD2 | DQCL-3194 |
参加楽曲
イメージ・ソング
タイアップ
nanan
カバー・アルバム
Song for Memories
シングル
ライブ・アルバム
セルフカバー・アルバム
カバー・アルバム
映像作品
April
オリジナル・アルバム
| 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| ビクターエンタテインメント | |||||
| 1st | 2003年6月21日 | 10cc of tears | CD | VICL-61153 | |
カバー・アルバム
親交のあるアーティスト
ラジオ番組
- 「フィフティーンスアベニュー」FM放送
- 「潤子のマイコレクション」のコーナーでは、マンハッタン・トランスファー、ランバート、ヘンドリックス&ロス、バーシア、などが選曲され、担当の女性ディレクターがアルバムの作詞を手がけるなどの企画もあった。