山上路夫
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生い立ち
東京府(現在の東京都)出身[1]。喘息で闘病生活を送る思春期をすごし、学生生活を送ることができなかった[2]。青山学院大学第二経済学部を中退。21歳のときに作詞家になることを決意した。
作詞家として
作曲家のいずみたくと共同でCMソングや流行歌などを多く手掛け、明治製菓(現在の明治)アルファチョコレートのCMソングとして制作した「世界は二人のために」は、1967年〈昭和42年〉に新人歌手の佐良直美が歌うと大ヒットした。翌年の第40回選抜高等学校野球大会では、選手入場行進曲に選ばれた。
その後は、由紀さおり「夜明けのスキャット」(1969年〈昭和44年〉、作曲はいずみたく)、テレビドラマ『水戸黄門』主題歌「ああ人生に涙あり」(1969年〈昭和44年〉、作曲は木下忠司)、赤い鳥「翼をください」(1971年〈昭和46年〉、作曲は村井邦彦)、小柳ルミ子「瀬戸の花嫁」(1972年〈昭和47年〉、作曲は平尾昌晃)、GARO「学生街の喫茶店」(1972年、作曲はすぎやまこういち)、アグネス・チャン「ひなげしの花」(1972年〈昭和47年〉、作曲は森田公一)、CMソング「バーモントカレー」の歌(1973年〈昭和48年〉、作曲はいずみたく)、野口五郎「私鉄沿線」(1975年〈昭和50年〉、作曲は佐藤寛)、ゴダイゴ「ガンダーラ」(1978年〈昭和53年〉、奈良橋陽子と共同、作曲はタケカワユキヒデ)など、1960年代後半から1970年代にかけて立て続けにヒット作の作詞を手掛けた。また、日本大学習志野高等学校の応援歌「歓喜のうたごえ」の作詞をしたこともある。
現在も作詞家として活動しており、2011年〈平成23年〉に発表したふくい舞の「いくたびの櫻」(作曲は佐藤博)は、第44回日本作詩大賞と第44回日本有線大賞作詞賞を受賞している[3][4]。2021年〈令和3年〉に文化功労者[5]。
1969年に村井邦彦とともにアルファミュージックを創業するなど[6]、音楽出版事業にも参画した。
作風
山上の作風はヒューマニズムに満ちているものが多い。