天川村

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日本の旗 日本
都道府県 奈良県
てんかわむら ウィキデータを編集
天川村
弥山
山上ヶ岳の鐘掛岩がま滝
洞川温泉龍泉寺水行
天河大弁財天社

村庁舎位置
天川村旗 天川村章
天川村旗 天川村章
1971年7月20日制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 奈良県
吉野郡
市町村コード 29446-2
法人番号 2000020294462 ウィキデータを編集
面積 175.66km2
総人口 1,009[編集]
推計人口、2026年2月1日)
人口密度 5.74人/km2
隣接自治体 五條市吉野郡黒滝村川上村上北山村
村の木 スギ
村の花 オオヤマレンゲ
他のシンボル コマドリ
天川村役場
村長 車谷重高
所在地 638-0392
奈良県吉野郡天川村大字沢谷60
北緯34度14分31秒 東経135度51分19秒 / 北緯34.24192度 東経135.85533度 / 34.24192; 135.85533座標: 北緯34度14分31秒 東経135度51分19秒 / 北緯34.24192度 東経135.85533度 / 34.24192; 135.85533
天川村役場
天川村役場
外部リンク 公式ウェブサイト

天川村位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

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天川村(てんかわむら)は、奈良県の南部に位置する。キャッチフレーズは「天の国」「木の国」「川の国」

世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の主要構成要素である修験の山、大峰山があり、そのふもとには天河大弁財天社がある。

隣接している自治体

弥山・八経ヶ岳周辺の山容
みたらい渓谷

奈良県の中央部南に位置し「近畿の屋根」と称される大峰山脈の山々が聳える。近畿最高峰の八経ヶ岳(1,915m)を擁し熊野川源流の天ノ川(てんのかわ)が流れる。近畿南部にありながら高所であるため冷涼な気候は、夏は避暑地、秋は紅葉の名所として観光客を集めるが、冬季は極めて寒冷である。

河川
鍾乳洞

洞川付近に以下の鍾乳洞がある[1]

  • 面不動(めんふどう)
  • 神泉の窟(しんせんのいわや)
  • 蟷螂の窟(とうろうのいわや)
  • 一の行場(いちのぎょうば)
  • 五代松(ごよまつ)
  • 蛇の倉

歴史

原始遺跡はほとんど発見されておらず、古くは人々が定住するにはいたらなかったが、そんな深山幽谷の地であったことが修行者たちの「行場」を開くきっかけとなり、7世紀役行者小角により金峰山大峯山が開山されて以来は人々の定住を促し山岳修験道の根本道場として栄えた。奈良時代には遣唐使が持ち帰った興福寺所蔵の「華原磬[2]」の台座の石[注釈 1]として白石(結晶質石灰岩)を切り出し運搬した記録が、正倉院の文書の中に残されており公式的な文書に天川村が登場する最初といえる。 平安時代には宇多天皇藤原道長などをはじめ多くの人々が大峯山へ御岳詣をしている[4]。大峯山で修行した弘法大師空海はこの地を経て平原の幽地である高野に至ったという記録もあり、伝承では籠り道場となった場所が籠山(こもりやま)、庵を結んだ場所が庵住(いおすみ)という地名になったとされている[5]

大峰連山の一つ弥山に祠られた弥山大神の歴史も古く天河大弁財天社の創建とその隆盛とともに聖域化され、これらに前後して「天ノ川」という河川名が生まれたと考えられている。村は天河神社の信仰を核に繁栄し南朝による課役免除の恩典もあり経済的にも安定していた。また村は弓竹の産地としても知られ南朝方、織田豊臣両氏にも矢竹を上納している。江戸時代には天川23ヶ村は天領とされ年貢の他に矢竹を上納し幕府の役人である代官によって統治されていた[4]

沿革

村域の変遷

明治22年現在
奈良県
吉野郡
天川村

行政

  • 村長は車谷重高 - 2015年就任[6]。2019年無投票当選[7]
  • 村議会は定数8人、現在の議長は銭谷春樹(2016年12月20日現在)。
  • 吉野郡域8町村での合併や、すぐ北に位置する黒滝村の2村での合併が検討されたが、2005年(平成17年)3月に黒滝村の協議取りやめの申し入れにより合併協議会が解散し、平成の大合併では合併は行われないことになった。

衆議院議員選挙の選挙区は「奈良県第3区」、奈良県議会議員選挙の選挙区は「吉野郡選挙区」(定数:2)となっている[8]

歴代村長
  • 車谷重高 - (2005年 - 2009年)[9]
  • 柿坂弥寿麿 - (2009年 - 2011年)[10]
  • 森本靖順 - (2011年 - 2015年)[11]

条例

2017年(平成29年)10月1日、「天川村をきれいにする条例」が施行された。条例の骨子は次の3つである。

条例が制定された背景には、モラルのない観光客が河川でバーベキューを行い、ゴミ・調理用具・椅子などを放置して帰る事例が多発していたことがある[12][13][14]

経済

産業

  • 第一次・二次産業
    • 村域の大半を林が占めており、林業及び製材業がさかんであったが、林業不況により従事者が減少して過疎化・高齢化の要因となっている。
    • 農業
  • 第三次産業
    • 後述の通り、世界遺産にも登録された観光地を抱え、年間60万人が訪れることから、観光業がさかんである。

農業協同組合(JAならけん)

  • 奈良県農業協同組合 - 村から指定金融機関として指定されていて、村役場内にJAバンクのATMが設置されている。
    • 天川支店(川合)
    • 天川支店洞川出張所(洞川) - JAバンクのATMも設置(ただし土曜・休日は稼働しない)

日本郵政グループ

(※2014年6月現在)

各郵便局とも集配局。また各郵便局ともゆうちょ銀行のATMが設置されており、洞川郵便局ではホリデーサービスを実施。

※天川村内の郵便番号は以下の通り。

  • 638-03xx」=北部地域(天川村役場周辺など)。天の川局の集配担当。
  • 638-0431」=洞川。洞川局の集配担当。
  • 638-05xx」=九尾(つづらお)より西側の地域。和田局の集配担当。

地域

人口

天川村と全国の年齢別人口分布(2005年) 天川村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 天川村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
天川村(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 4,040人
1975年(昭和50年) 3,654人
1980年(昭和55年) 3,207人
1985年(昭和60年) 2,731人
1990年(平成2年) 2,519人
1995年(平成7年) 2,310人
2000年(平成12年) 2,104人
2005年(平成17年) 1,800人
2010年(平成22年) 1,572人
2015年(平成27年) 1,354人
2020年(令和2年) 1,176人
総務省統計局 国勢調査より

天川村の人口

  • 人口増加率(2002年→2007年) : -14.9%
  • 65歳以上が人口比の50%以上を占める限界自治体の一つ。

教育

交通

鉄道

村内を鉄道路線は走っていない。最寄り駅は、近畿日本鉄道(近鉄)吉野線下市口駅大淀町)。

路線バス

  • 奈良交通 - 下市口駅と天川村を結ぶ路線バスを運行する。途中、下市町および黒滝村を経由する。洞川温泉発着の便と中庵住発着の便があるが、下市口駅と村中心部の天川川合の間は双方とも同一経路である。双方合わせて概ね1~2時間間隔で運行されているが、季節によって運休となる便がある。

道路

  • 国道309号(旧・奈良県道大淀上北山線)
  • 奈良県道21号大峯山公園線 - 洞川温泉・大峰山へのメインルートで虻トンネル(虻峠)を通り、比較的整備状況は良好であり、冬季については洞川温泉へ行ける唯一のルートとなる。
  • 奈良県道48号洞川下市線 - 小南トンネルを含む小南峠越えのルートだが、道路が狭歪で対向が困難な場所が多いため、洞川温泉などへ向かう場合は国道309号経由のルートが自治体や観光協会のサイトなどで推奨されている。例年12月~3月の冬季は通行止となる。
  • 奈良県道53号高野天川線
    • このほか、隣接する川上村の国道169号から分岐する林道高原洞川線や、吉野町から林道吉野大峯線をそれぞれ利用して五番関トンネル経由で入るルートもあるが、例年12月~3月の冬季は通行止となる。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

山上ヶ岳
洞川地区の町並 面不動鍾乳洞付近から撮影)
面不動鍾乳洞のスロープカー
大峯山寺妙覚門
天河大弁財天社
龍泉寺龍の口
洞川の旅館街

イベント

特産品

  • 洞川湧水群
    • 水の郷百選に認定されている。天の国・木の国・川の国 「名水の天川村」
    • ごろごろ水 - 五代松鍾乳洞付近の石灰岩相から湧出する水[15]
    • 大峯山神泉洞の水(ミネラルウォーター)
  • 陀羅尼助
    • 洞川温泉付近には、陀羅尼助丸の販売店が立ち並ぶ。

出身有名人

天川村が登場する作品

関連項目

脚注

外部リンク

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