山田泰誠

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国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道
生年月日 (1971-01-01) 1971年1月1日(55歳)
身長 157cm(騎手引退時)
山田泰誠
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道
生年月日 (1971-01-01) 1971年1月1日(55歳)
身長 157cm(騎手引退時)
体重 52kg(騎手引退時)
血液型 O型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎 栗東田中良平(1988 - 1994)
栗東・田中章博(1994 - 1995)
栗東・安藤正敏(1995 - 1997)
栗東・騎手(フリー)(1997 - 2001)
栗東・武邦彦(2001 - 2003)
初免許年 1988年3月4日
騎手引退日 2003年10月31日
重賞勝利 9勝(中央)
G1級勝利 宝塚記念(1992年)
有馬記念(1992年)
通算勝利 2824戦193勝(中央)
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山田 泰誠(やまだ たいせい、1971年1月1日 - )は、北海道出身の元騎手・現調教助手

1989年栗東田中良平厩舎からデビューした。同期には田中勝春角田晃一佐藤哲三などがいる。1年目の同年は3月4日阪神第11競走うずしおステークス・ビューティフル(9頭中8着)で初騎乗を果たし、4月23日新潟第6競走4歳以上400万下で12頭中10番人気のスリーノーブルに騎乗して初勝利を挙げる。初年度は6勝、2年目の1990年は初の2桁となる18勝をマークし、同年から2001年まで12年連続2桁勝利を記録。1990年は5月13日福島で1日3勝、9月15日函館11月18日京都では1日2勝を挙げる。

3年目の1991年は12勝とあまり目立った成績ではなかったが、1992年に台頭。アーリントンカップエルカーサリバーで制し重賞初勝利を挙げると、メジロパーマーとのコンビでは新潟大賞典シャコーグレイドイクノディクタスレッツゴーターキンを寄せ付けず逃げ切って重賞2勝目、宝塚記念ではカミノクレッセに3馬身差付けてGI初制覇。暮れの有馬記念では16頭中15番人気ながら再び逃げ切り勝ちし、同一年度グランプリ連覇を果たし一躍有名になった。

1993年は自己最高の25勝を挙げ、エルカーサリバーで年明けの金杯(西)日経新春杯を連勝し、メジロパーマーでは阪神大賞典タケノベルベットナイスネイチャを抑えて逃げ切る。天皇賞(春)でも逃げてライスシャワーメジロマックイーンに次ぐ3着に奮闘、4着マチカネタンホイザには6馬身差付けていた。

その後は10勝台を維持するものの伸び悩み、1994年には師匠・田中の死去により、実子である田中章博厩舎に移籍。新潟大賞典ではゴールデンアワーに騎乗し、マーベラスクラウンをクビ差抑えて制す。1995年には安藤正敏厩舎に移籍し、1997年からは騎手(フリー)となる。2001年からは武邦彦厩舎に所属し、同年のCBC賞を3歳馬リキアイタイカンで制して7年ぶりの重賞勝利をマーク。2002年はデビュー以来の1桁となる6勝、2003年は4勝に終わる。8月3日の函館第2競走3歳未勝利・メジロロンサールが最後の勝利、10月11日の京都第10競走壬生特別・サウスラピッド(16頭中4着)が最後の騎乗となり、同31日付で現役を引退[1]

引退後は武邦彦厩舎で調教助手[1]を務めていたが、武の定年引退による厩舎解散で2009年からは笹田和秀厩舎、2015年より西村真幸厩舎に所属。

騎乗馬に関するエピソード

生涯成績

脚注

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