岡村善文
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- 1958年(昭和33年) - 大阪府出身
- 1981年(昭和56年) - 東京大学法学部第二類卒業、外務省入省、フランス語研修
- 1984年(昭和59年) - 在アルジェリア日本国大使館三等書記官
- 1986年(昭和61年) - 防衛庁防衛局運用課
- 1988年(昭和63年) - 外務省欧亜局西欧第一課課長補佐
- 1990年(平成2年) - 外務省国際連合局原子力課首席事務官
- 1993年(平成5年)10月 - 在イタリア日本大使館一等書記官
- 1995年(平成7年)12月 - 在インド日本大使館一等書記官
- 1998年(平成10年) - 在インド日本大使館政務参事官
- 1999年(平成11年)8月 - 国際連合コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)首席政務官(外務省大臣官房付)
- 2000年(平成12年) - 外務省北米局北米第一課企画官
- 2001年(平成13年)1月 - 外務省総合外交政策局軍備管理軍縮課長
- 2003年(平成15年)2月 - 在フランス日本大使館参事官
- 2005年(平成17年) - 在フランス日本大使館政務公使
- 2006年(平成18年)4月 - ウィーン国際機関日本政府代表部公使[1]
- 2008年(平成20年) - 駐コートジボワール特命全権大使
- 2011年(平成23年)9月1日 - シカゴ総領事
- 2012年(平成24年)9月 - 外務省中東アフリカ局アフリカ部長
- 2014年(平成26年)7月4日 - 国際連合日本政府代表部特命全権大使、次席代表
- 2017年(平成29年)3月24日 - 特命全権大使(アフリカ開発会議担当兼国際連合安全保障理事会改革担当兼人権担当)[2]
- 2017年(平成29年) - 兼特命全権大使(国際平和貢献担当)、平和と安定に係る国際協力の実施に関し,関係諸国・国際機関等と協議するための日本政府代表[3]、2025年国際博覧会誘致特使[4]
- 2019年(令和元年)12月13日 - 経済協力開発機構日本政府代表部特命全権大使[5]
- 2022年(令和4年)12月23日 - 依願免職[6]
- 2024年(令和6年) - 立命館アジア太平洋大学副学長[7]
人物
- 1994年(平成6年)のルワンダ虐殺、1999年(平成11年)のコソボ紛争など、武力紛争が行われている地域に外務省や国連を代表して派遣された経験がある。また、国際原子力機関(IAEA)を中心に国連外交の経験も豊富である。
- 2008年(平成20年)、北海道洞爺湖サミットでアフリカ重視の姿勢を示すため、通常より若い年次でアフリカに大使を赴任させるという人事案の下で、戦後最年少50歳でフランス語圏の駐コートジボワール特命全権大使(トーゴ・ベナン・ブルキナファソ・ニジェール駐箚兼務)に就任する。その際、上記の経験を有することから、自民党外交部会で当時の薮中三十二外務事務次官から「修羅場に強い男」と紹介される。
- 2011年(平成23年)には、コートジボワール大統領選挙の結果をめぐる混乱の中で大使公邸が武装集団に襲撃され、15時間の軟禁状態に置かれた。その際、フランス軍により救出され、パリに避難する。
- 2012年(平成24年)9月には外務省アフリカ部長となり、第五回アフリカ開発会議事務局長を兼務。2016年からアフリカ開発会議担当特命全権大使を務め、2017年からは2025年国際博覧会誘致特使等を兼務し、2025年万国博覧会の大阪招致構想実現のため、アフリカ諸国の首脳への働きかけなどを行った[9]。