奈良靖彦
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大分県出身。旧制京北中学校を経て、1941年に旧制東京商科大学(一橋大学の前身)を卒業し、外務省入省。同期に西堀正弘(国連大使)、魚本藤吉郎(駐ソ連大使)、内田宏(駐仏大使)、吉野文六(駐独大使)、人見鉄三郎(駐コスタリカ大使)など。
1943年、外務省弘報部で勤務し、戦時体制下で、ジャパンタイムズの監督を行った[2]。
1965年5月シカゴ総領事に就任。着任時に、総領事公邸が外交に使うにはあまりに貧弱なものだったため、筋向いの邸宅を購入しようと考え、東京銀行のシカゴ支店長と交渉し購入資金の融資を受け、また当時大蔵事務次官を務めていた石野信一も案内した末購入し、新しい公邸とした。のちにこの公邸は、エバンストン市長から、歴史的にも芸術的文化的にも重要な建築物としてランドマークに指定された[3]。
1975年の第7回日加閣僚委員会共同声明では、駐カナダ大使として、宮澤喜一外務大臣、福田赳夫経済企画庁長官、大平正芳大蔵大臣、河本敏夫通商産業大臣とともに、日本側代表を務めた[4]。