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岸良俊介

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岸良俊介

岸良 俊介(きしら しゅんすけ、天保15年3月25日[1]〈1844年5月12日〉 - 1894年〈明治27年〉6月19日[2])は、幕末の薩摩藩士、明治期の内務官僚。福岡県令。

薩摩藩士・岸良兼善の二男として生まれる[3]。明治政府に出仕し、明治4年8月14日(1871年9月28日)大蔵省統計中属に任官[4]。1873年8月、埼玉県典事に転じ、大属、権参事、参事を歴任[4]。1876年5月、若松県参事に転任したが[4]、同年8月21日、若松県は福島県と合併し廃県となる[5]。同年11月、群馬県参事に就任[5]。以後、同県大書記官、内務少書記官を歴任[5]。

1882年5月11日、福岡県令に就任[6]。1886年2月25日に県令を非職となり、1889年2月24日、非職満期、退官した[5]。

栄典

親族

脚注

参考文献

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