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嶋聡

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嶋 聡(しま さとし、1958年4月25日 - 2026年7月27日)は、日本の政治家、会社役員。元衆議院議員(3期)。政治家時代は島聡として活動した。株式会社ミクシィ社外取締役、株式会社オークファン社外取締役、株式会社アイモバイル社外取締役、多摩大学客員教授。

生年月日 (1958-04-25) 1958年4月25日
没年月日 (2026-07-27) 2026年7月27日(68歳没)
死没地 神奈川県
概要 生年月日, 出生地 ...
嶋 聡
(島 聡)
しま さとし
生年月日 (1958-04-25) 1958年4月25日
出生地 岐阜県海津市
没年月日 (2026-07-27) 2026年7月27日(68歳没)
死没地 神奈川県
出身校 名古屋大学経済学部経済学科
所属政党 (新進党→)
(新党友愛→)
(民主党→)
おおさか維新の会
称号 経済学士
公式サイト 孫正義の参謀と呼ばれた嶋聡 公式ウェブサイト
選挙区 (愛知13区→)
比例東海ブロック
当選回数 3回
在任期間 1996年10月21日 - 2005年8月8日
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ソフトバンク社長室長、サイバー大学客員教授、東洋大学非常勤講師などを歴任した。

経歴

岐阜県海津市出身。海津市立日新中学校、岐阜県立大垣南高等学校卒業。

1981年、名古屋大学経済学部経済学科卒業。同年、松下政経塾に2期生として入塾。1986年、松下政経塾を修了。松下政経塾指導塾員、ちにか(地域から日本を変える)研究所長、東京政経塾代表などを歴任[1]。指導塾員の時に中田宏の面接を担当した[要出典]。

衆議院議員時代

1996年、第41回衆議院議員総選挙に愛知13区より落下傘候補として新進党から立候補。大方の予想を覆して、自民党新人の大村秀章を退け初当選を果たした(大村は比例復活で当選)。選対責任者を務めた刈谷市選出の杉浦力久県議は「愛知11区の優勢が確実になってから、全トヨタ労連が100パーセントの力を出した。うまく創価学会の動きと連動した」と語った[2]。

新進党解党にともない民主党に合流。民主党では、菅直人、鳩山由紀夫、岡田克也三代の代表に、民主党の官房と呼ばれる代表室で代表を補佐。党首討論、代表質問を担当し「三代の代表の知恵袋」と評された[3]。

次の内閣総務大臣時代に、公正な競争こそ国民の利益という信念で競争的な情報通信政、郵政民営化を唱えた。その結果、NTT労組、郵政系労組は選挙における推薦を出さなかった。その他電波のオークション制、字幕法案などを提出[要出典]。

また、ネット選挙解禁を議員立法で提出。一方で、議員当時に選挙事務所のPCのセキュリティ対策不備からウイルス添付メールを送信し、さらにその感染を自らに対するサイバーテロと断定[4][5]するなど、現実的なインターネットにおける運用についての知識の不足が指摘された事もあった。但し、地元事務所担当者の基本的なミスとのことで新聞発表されている。

2000年6月の第42回衆議院議員総選挙では大村に敗れるも比例復活で再選。

2003年11月の第43回衆議院議員総選挙で再び大村に敗れるも比例復活で3期目の当選を果たす。

2005年8月の第44回衆議院議員総選挙では比例復活もかなわず議席を失う。

ソフトバンク社長室長時代

2005年、ソフトバンク社長室長に就任した。中期経営戦略の立案、渉外活動を担当。2兆円近い、ボーダフォン日本法人買収という巨額M&Aに立ち会ったほか、北海道帯広市の「ばんえい競馬存続」へソフトバンクが協力したこと、北九州にアジア一のデータセンターを造ることなどを社長室長として担当、ITによる地域振興を行った。

また、孫正義社長の代理として出席した経団連常任理事会で、ゲストとして出席していた小泉純一郎元首相に「議員やっているよりいいんじゃない」と言われたという[要出典]。

京セラ名誉会長であった稲盛和夫とともに、鳩山由紀夫の数少ない財界人脈の一人とされている[6]。

2010年、情報通信業界を震撼させたNTT再編問題、いわゆる「光の道構想」の「仕掛け人」[7]と言われる。当時の総務大臣であった原口一博とは、松下政経塾の同窓で「経済政策の先生を務めた仲」である。

2011年、ソフトバンクが定款を変更し、再生エネルギーに事業進出。当時首相の菅直人と孫正義を結びつけ、菅政権が再生エネルギー法案を退陣の条件とし、脱原発路線に舵をきった「キーマン」[8]とも言われる。

2012年3月、元首相の鳩山由紀夫とともに次期中国共産党中央委員会総書記(当時)の習近平と人民大会堂で会談する。アジアスーパーグリッド構想を説明し、習近平の賛意を得たとされる[9]。孫正義が提唱するアジアスーパーグリッド構想推進の参謀役と言われている。

ソフトバンク社長室長退任後

2014年、ソフトバンク社長室長を退任してソフトバンク顧問に就任(2015年6月まで)。サイバー大学客員教授、多摩大学グローバルスタディーズ学部客員教授、東洋大学非常勤講師として学生を教育。内外情勢調査会講師などで松下幸之助と孫正義に学んだ経営戦略、リーダーシップを全国で講演。

2016年1月、第24回参議院議員通常選挙参議院比例区のおおさか維新の会公認候補に内定[10]したが、12,677票(党内順位13位、党獲得議席数4)にとどまり落選[11]。白い猫(ソフトバンクのCMキャラクターであるお父さん犬を意識)を自身の写真より大きく配置したポスターを選挙戦において使用した。投開票後、「猫のおかげで2000から3000票くらいは集まったのではないか」と述べた[12][13]。

2017年6月、株式会社ミクシィ社外取締役に就任。2017年12月、株式会社オークファン社外取締役に就任。2018年10月、株式会社アイモバイル社外取締役に就任。

2026年7月27日午前2時50分、十二指腸乳頭部がんのため、神奈川県内の病院で死去した[14]。68歳没。

選挙歴

さらに見る 当落, 選挙 ...
当落選挙執行日年齢選挙区政党得票数得票率定数得票順位
/候補者数
政党内比例順位
/政党当選者数
当 第41回衆議院議員総選挙 1996年10月20日 38 愛知13区 新進党 8万7991票 46.78% 1 1/3  
比当 第42回衆議院議員総選挙 2000年 6月25日 42 比例東海(愛知13区) 民主党 10万4392票 45.75% 1 2/4  
比当 第43回衆議院議員総選挙 2003年11月 9日 45 比例東海(愛知13区) 民主党 10万9670票 46.56% 1 2/3  
落 第44回衆議院議員総選挙 2005年 9月11日 47 愛知13区 民主党 10万9593票 41.84% 1 2/3  
落 第24回参議院議員通常選挙 2016年 7月10日 58 比例区 おおさか維新の会 1万2677票   48   13/4
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著書

  • 『「大風呂敷経営」進化論』(PHP研究所、2014年)
  • 『孫正義の参謀 ソフトバンク社長室長3000日』(東洋経済新報社、2015年)
  • 『最強経営者の思考法 松下幸之助と孫正義から直接学んだ実践リーダー学』(飛鳥新社、2016年)

脚注

関連項目

外部リンク

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