川端伸太朗
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ジュニア・フォーミュラ
2007年にJAFジュニアカート選手権で優勝し、2011年にフォーミュラカーレースへステップアップ。フォーミュラ・トヨタ・レーシングスクールでのスカラシップを経て、フォーミュラチャレンジ・ジャパンに参戦。2年間参戦したが、2012年の最終戦(鈴鹿)で記録した3位が最高位だった[2][3]。
ポルシェ・カレラカップ・ジャパンへの参戦と並行して、SUCCEED SPORTSからJAF-F4西日本シリーズにも参戦し、山口大陸を抑えてチャンピオンを獲得[4]。
2015年に復帰し、SUCCEED SPORTSからFIA-F4選手権に参戦。開幕戦(岡山)では表彰台を逃したが[5]、第2戦(富士)ではトップ5フィニッシュを果たすと[6]、最終戦(もてぎ)で2度のトップ5フィニッシュを果たし、ランキング13位でを終えた[7]。
2016年もSUCCEED SPORTSに残留し、開幕戦(岡山)で2連勝を飾ったが[8][9]、菅生と富士で記録した6位が最高成績で、ランキング9位で終えた[10][11]。
ポルシェ・カレラカップ・ジャパン
2013年、ポルシェジャパンのPCCJ若手ドライバー育成プログラムに選ばれ、ポルシェ・カレラカップ・ジャパンに参戦[12]。最終戦(鈴鹿)で2連勝を記録し、ランキング6位[13][14]。
SUPER GT
2017年、TEAM UPGARAGE with BANDOHから中山友貴とともにSUPER GTデビューを果たす[15]。第2戦(富士)で9位、第7戦(チャーン)で7位入賞し、6ポイントを獲得(ランキング20位)[16][17]。
2018年、TEAM TAISANに移籍し、山田真之亮と組んだ[18]。開幕戦(岡山)で9位入賞のみに終わった(ランキング21位)[19]。
2020年、SUPER GTに復帰し、クリストファー・ミースとともにAudi Team Hitotsuyamaに加入したが[20]、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でミースが日本に入国できなくなったため、開幕戦直前に近藤翼が加入[21]。富士ともてぎで入賞した後、第6戦(鈴鹿)でSUPR GT初優勝を飾った(ランキング11位)[22]。
2021年もAudi Team Hitotsuyamaに残留し、篠原拓朗と組む[23]。第7戦(もてぎ)で優勝(ランキング15位)[24]。
2022年開幕戦をもって本山哲がSUPER GTから離脱し、第2戦(富士)よりTeam LeMansの第3ドライバーとして加入[25]。 ゴールデンウイークの中で開催された耐久レースで14位完走[26]。続く第4戦では、ケイ・コッツォリーノと木村武史と共にPACIFIC RACING TEAMの第3ドライバーとして参戦[27]。 2度目の単発参戦で、12位完走[28]。
2023年初頭、リアン・ジャトン、阪口良平と共にPACIFIC RACING TEAMの第3ドライバーとして復帰することが発表された[29]。4戦出場し、第2戦鈴鹿で11位が最高順位だった[30]。