市 (インドネシア)

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インドネシアにおける(し)、ないし、コタインドネシア語: kota)は、(カブパテン、kabupaten)と同格に位置付けられる第2級行政区画である。市と県の違いは、市に非農業的経済活動が集中し、密度が高い人口があるのに対し、県はもっぱら農村地域からなっており、面積の上では市よりもずっと大きいとことにある[1]。インドネシアの歴史を通して、市はいくつかの異なる形で定義されてきた。

インドネシア語の公式辞典である『インドネシア語大辞典』は、市を意味するコタを「密度が高く人口が集中する地域で近代的諸施設が備わっており、人口の大部分が農業以外の仕事に就いているところ」と説明している[2]

ヘメーンテ/基礎自治体

バイテンゾルフ(現在のボゴール)は、1905年4月1日オランダ領東インド政府からヘメーンテ、すなわち市としての地位を与えられた[3]

オランダ領東インド時代において、1903年の分権法以降、市は、ヘメーンテ(オランダ語: gemeente)と称される基礎自治体として統治された。ヘメーンテは、レジデンシー英語版 (residentie) やグーベルネメント英語版 (gouvernement) の下に置かれる第3級行政区画であった[4]

コタ・べサルとコタ・クチル

1948年の法第22号 (the Act Number 22 of 1948) の修正以降、コタ・べサル(大きな市、kota besar)とコタ・クチル(小さな市、自治区、kota kecil)という用語が用いられるようになった。コタ・べサルは、(カブパテン)の都市版とされ、英語版の直下に置かれる第2級行政区画である。コタ・クチルは、比較的小さな都市地域であり、州、県に次ぐ第3級行政区画であった[5]

コタラヤ、コタマディヤ、コタプラジャ

インドネシアの市の等級
(1965年–1974年)
類型行政区画同格
コタラヤ / Kotaraya第1級
コタマディヤ' / Kotamadya第2級
コタプラジャ / Kotapraja第3級

1965年の法第18号 (the Act Number 18 of 1965) により、インドネシアの市はコタラヤkotaraya、大都市、第1級行政区画)、コタマディヤkotamadya、中都市、第2級行政区画)、コタプラジャkotapraja、小都市ないし町、第3級行政区画)の3つに分類されることとなった。コタラヤは州と同格であり、コタマディヤは県、コタプラジャと同格である。コタラヤの地位を与えられたのはジャカルタだけであり、これはインドネシアの首都としての機能に由来する[6]

1974年に、コタラヤコタプラジャは用語としては廃止され、以降1999年までインドネシアの都市地域のほとんどの部分はコタマディヤと称された。ジャカルタは引き続き、州と同格の唯一の都市地域であった[7]

コタ・アドミニストラティフ

1974年の法第5号の修正によって、新たにコタ・アドミニストラティフ(行政町、kota administratif)が新たに導入された(コタ・アドミニストラシ、行政市、kota administrasi)と混同してはならない)。コタ・アドミニストラティフの地位は、の領域内の町に、町の成長、発展に応じて必要とされた場合に与えられるものである。コタ・アドミニストラティフは、自治体ではなく自前の立法機関を持っていないが、所属する県に対して応答する責任を負っている[7]。 コタ・アドミニストラティフという用語は、1999年の法第22号の修正によって廃止され、すべてのコタ・アドミニストラティフは、市(コタ、kota)としての地位を獲得するか、解体されて帰属する県に吸収されるか、いずれかの道をたどった[8]

コタ

スハルト後の時代英語版になると、コタマディヤに代わって、コタ (kota) という用語が用いられるようになった[8]コタの長である市長(ワリコタ、walikota)は、直接選挙で選出され、5年任期を務め、さらに1期5年の再任が可能である。コタは、さらにクチャマタンと通称されるに下位区分される。

市としてのジャカルタ

ジャカルタ首都特別州知事英語版が所在するジャカルタ市庁英語版

オランダ海上帝国において、当時バタヴィアとして知られていたジャカルタは、一帶の諸島の中で最初に開発された都市であった。1621年3月4日には最初の市政府 (stad) がバタヴィアに設けられ、1905年4月1日にはオランダ領東インドで最初の基礎自治体(ヘメーンテ)となった[9]。インドネシアの独立に際して、ジャカルタ市は西ジャワ州の一部とされた。1957年の法第1号 (the Act Number 1 of 1957) の発布により、ジャカルタは、インドネシア初の州と同格の市となった[10]。現在では、インドネシアの法体系の中で、ジャカルタは(特別)州として言及されるようになっているが、依然として広く市としても言及されている[11][12][13][14]国際連合 (UN) は、統計データベース UNdata において、ジャカルタを市 (city) として扱っている[15]

ジャカルタ首都特別州は、5つの行政町(コタ・アドミニストラティフ)と1つの行政県から成っている。インドネシアの他の諸都市とは異なり、ジャカルタの行政町は自治体ではなく、もっぱら行政上の目的から設けられている。行政町には、議会は設けられておらず、首長も選挙によらず、ジャカルタ知事英語版の任命により選任される。インドネシアの地方行政制度の専門家であるリャス・ラシード (Ryas Rasyid) は、ジャカルタについて「市として経営されている州」だと述べている[16]。第17代ジャカルタ知事のアニス・バスウェダンは、「ジャカルタはわずか600平方キロメートルの面積しかない。ジャカルタは州としての格をもった市なのである。」と断じている[17]。州知事が「州知事庁舎」で執務するインドネシアの他の36州とは異なり、ジャカルタ知事は「市庁舎」 (Balai Kota DKI Jakarta) で執務する[18]


創設順の市の一覧

脚注

関連項目

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