チルボン
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| チルボン Cirebon | |||||
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| 愛称 : Kota Udang (City of Shrimps), Kota Wali (City of Wali) | |||||
| 標語 : ""Gemah Ripah Loh Jinawi"" | |||||
| 位置 | |||||
| 座標 : 南緯6度43分 東経108度34分 / 南緯6.717度 東経108.567度 | |||||
| 行政 | |||||
| 国 | |||||
| 州 | 西ジャワ州 | ||||
| 市 | チルボン | ||||
| 市長 | エフェンディ・エド | ||||
| 地理 | |||||
| 面積 | |||||
| 市域 | 37.54 km2 | ||||
| 人口 | |||||
| 人口 | (2014年現在) | ||||
| 市域 | 318,741人 | ||||
| その他 | |||||
| 等時帯 | インドネシア時間 (UTC+7) | ||||
チルボン (Cirebon) は、インドネシア・ジャワ島の西ジャワ州にある都市。北海岸に面する港町で首都ジャカルタの約297km東に位置している。以前はチェリボンと呼ばれていた。
この語は、よく、スンダ語の"Cai"(水とか川)と"Rebon"(エビ)からできたと言われている(実際、この都市の主要産業は、エビを含む漁業である)[1]。また、この都市には、ジャワ人、マレー人、スンダ人、華人やアラビア人の文化要素が混在していることから、「混在」を意味するジャワ語の"Caruban"から来たとも言われている。また、チルボンの外から来たインドネシア人たちは、「チェレイボン」と発音し、土地の人は「チェルボン」と発音する。
漁業とは別に、ジャワ海に面している港タンジュン・エマス(Tanjung Emas)は、ボルネオからの木材交易の中継基地になっている。また、インドネシア空軍の基地プングンがある。ジャワ北海岸の主要道路であるジャルール・パントゥアに面しており、ジャカルタを通りスラバヤまで繋がっている。
歴史
16世紀初頭、ジャワ島やバリ島にあるすべてのヒンドゥー教の聖地を訪ねたスンダ人のヒンドゥー僧侶ブジャンガ・マニク王子(en)の旅行記には、チルボンはスンダ王国の一部であると記されている。現在、イギリス、オクスフォード大学のボードリアン図書館に16世紀以来保管されている彼の貝葉には、スンダ王国の西の国境はスンダ海峡であり、東はパマリ河(現在のブレーブス河)と中央ジャワ州のスラユ河であると記されている。
ヨーロッパ人のトメ・ピレスの記録も残っており、それによると、スンダ人の港は「チマノ」だった。マヌク河は、直接都市を通るわけではないが、チレボン地域を流れている。事実、この河は、インドラマユを通っている。
この都市における植民地時代の大きな事件は、1844年に起きた大飢饉だった。これは、オランダ政庁により1830年代以降施行された強制栽培制度により、零細農家が換金作物であるインディゴやサトウキビ生産に携わるようになった為に引き起こされたと考えられている。
2025年8月、首都ジャカルタで発生した反政府デモが州内に飛び火。同月30日には、市内の地方議会の建物がデモ隊により放火された[2]。
人口
産業
海岸に位置する都市としてチレボンの主要産業は漁業である。産物は、トゥラシ(Terasi)(エビのペースト)、エビせんべいと塩魚である。また、郷土料理としてナシ・レンコ(nasi lengko)(もやし、揚げ豆腐等を混ぜたご飯)、ナシ・ジャンブラン(nasi jamblang)(様々なおかずをつけたご飯)、ウンパル・グントン(empal gentong)(一種のカレー)、タフ・グジュロット(tahu gejrot)(赤い砂糖をのせた揚げ豆腐)、タフ・テクテク(tahu tek-tek)(野菜を混ぜたピーナッツソースをのせた揚げ豆腐)やアヤム・パンガン(ayam panggang)(焼き鳥)がある。また別にドカン(Docang)(酸っぱい野菜スープのついた煎餅)がある。
行政組織
チルボンは、以下の5地方に分けられる。
- ハルジャムクティ
- クジャクサン
- クサンビ
- ルマフウンクック
- プカリパン
史跡
ワリ・サンガ、特に、チルボン王朝の開祖スナン・グヌン・ジャティ(en)は、この都市の歴史に影響を与えたと言われている。スナン・グヌン・ジャティの墓はこの町から数km離れたところにあり、そこはグヌン・ジャテイと呼ばれている。王室は華人と姻戚関係にあった為中国文化の影響が感じられる。1880年代に、2人の華人の建築家によって、2つの寺院と洞窟が作られた。そこは、中国とヨーロッパの磁器で飾られている。チレボンから5km離れたトゥルシミ村(Trusmi)はバティック生産で有名。プランゴン(Plangon)には、多くのサルが生息している。また、オランダ領時代の洋館や15世紀に建立された中国寺院の潮覚寺がある。