常滑競艇場

愛知県常滑市にある競艇場 From Wikipedia, the free encyclopedia

常滑競艇場(とこなめきょうていじょう)は、愛知県常滑市にある競艇場である[1][2]

所在地 愛知県常滑市新開町4-111[1][2]
座標 北緯34度53分8.8秒 東経136度50分2.2秒
開場 1953年昭和28年)7月10日
施行者 常滑市、半田市
概要 常滑競艇場, 施設 ...
常滑競艇場
スタンドの入り口、左奥の建物が旧スタンド(2026年3月)
スタンドの入り口、左奥の建物が旧スタンド(2026年3月)
施設
所在地 愛知県常滑市新開町4-111[1][2]
座標 北緯34度53分8.8秒 東経136度50分2.2秒
開場 1953年昭和28年)7月10日
施行者 常滑市、半田市
コース
水面[1](伊勢湾)
水質 海水[1][2]
モーター 減音 (ヤマト331型[3]
外向発売所
外向発売所 ウィンボとこなめ
場外発売場
場外発売場
  • ボートピア川崎
  • ボートピア名古屋
  • ミニボートピア栄
  • ボートレースチケットショップ高浜
実況
担当 山口新之輔
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常滑競艇場の位置(日本内)
常滑競艇場
常滑競艇場

概要

常滑競艇場の競走水面(2008年)

1953年昭和28年)7月20日に開場[4]。通称は、BOAT RACEとこなめ2009年平成21年)までとこなめボートを通称としていた。

主な開催は所在地である常滑市であるが、1964年昭和39年)まで半田競艇場にて競走を主催していた隣接の半田市も年間24日間主催者となる。当初は1マーク側から向正面にかけて伊勢湾とすぐ隣接するレイアウトであったが、中部臨空都市の埋め立てが進んだため海からの距離が離れた。

ナイター設備はなく、デイレースを開催している。指定席の販売は第8競走までであり、ナイター場外の際の指定席利用は不可(指定席の利用自体はその後も可能)、また競艇場の入場料も第9競走以降は払わなくても良い。常滑市が焼き物の町であるため、場内に大きな招き猫の焼き物が置いてある。かつては常滑市に本社を設けていたINAX(現・LIXIL)の陶芸ルームも設けられていたが、2012年(平成24年)1月末をもって廃止されている[5]

マスコットは招き猫の「トコタン」。もともと競艇場のマスコットキャラクターとして2001年(平成13年)に登場したが、2014年(平成24年)の市制60周年を記念して常滑市の公式マスコットキャラクターに昇格した[6]

以前はボートピア等で購入した舟券は当競艇場では払い戻しができなかったが、2013年(平成25年)4月1日から全国総合払戻サービス「どこでもはらいおん」導入により可能になった[7]

歴史

開場まで

1983年から2021年まで使われたメインスタンド(2008年)

1951年(昭和26年)のモーターボート競走法公布後、常滑町(現・常滑市)を産業視察で訪れた元文部大臣下條康麿により、町内各字区長の前で事業が説明された[4]。町で事業を施行しようという熱意は隣接する鬼崎町西浦町(現・常滑市)の町民にも波及[4]。3町の有力者により株式会社を立ち上げ、町がタイアップするということで、常滑町長の伊奈長三郎が了承し、事業が動き出した[4]。同年11月18日、町議会が指定町の申請を可決[4]1952年(昭和27年)、全国モーターボート競走会連合会(現・日本モーターボート競走会)の承認を受けた[4]。承認にあたっては、常滑町に隣接する大野町(現・常滑市)との共同開催が条件に付いた[4]。大野町は、事業の施行に向けた運動を展開していたが、県から常滑町との共同開催を提案され、運動が一歩後退していた[4]。同年、当時設けられていた人口3万人以上という基準を満たす常滑、鬼崎、西浦の3町から成る「常滑モーターボート競走施行組合」が県知事から認可を受けたが、1953年(昭和48年)に一度解散し、大野町を加えた施行組合が認可された[4]

1952年2月19日、「株式会社常滑モーターボート競走協会」の発起人総会が開催[4]。発起人には、町議会の議長や副議長のほか、各字区長や常滑商工会会長などの地元企業の社長、名古屋鉄道専務、知多乗合社長など33人が名を連ねた[4]。常滑モーターボート協会は施設を建設、常滑町はレースの施行者となり、賃貸料を協会側に払うという形式を取ることにした[4]。協会は3月15日に設立し、鵜飼鍬吉が社長に就いた[4]。施設の建設工事が始まったが、建設費の調達に難航。新規株の発行なども不調に終わり、工事業者への支払いが遅延するまでになった[4]。4町は救済策を講じ、鵜飼らに代わって推挙する人物を役員に選任[4]。新たな社長には滝田次郎が就いた[4]。再出発を切ったあとも新株発行の引受は不調で、残額は取締役で負担した[4]。1953年5月、常滑町議会全員協議会は協会の解散要請を決議[4]6月11日、協会は臨時株主総会を開き、解散を決議した。施設の建設は施行組合が引き継いだ[4]。工事は初開催前日の7月9日まで続いた[4]

開場後

1953年7月10日、快晴のもと初開催が行われ、来場者6,054人を集め、売上高は496万900円に上った[4]。しかし、9月25日、東海地方に接近した台風13号により、建物などが損壊[4]。3000万円の損害額を出した[4]

1954年(昭和29年)4月1日、4町ならびに三和村が合併し、常滑市が発足。競艇事業は常滑市の単独開催となった[4]。一方、1958年(昭和33年)ごろから同じ知多半島に位置する半田競艇場との合併問題が浮上[4]。協議は難航した[4]1959年(昭和34年)9月26日伊勢湾台風により甚大な被害を受けた[4]。執行本部や競技本部、選手控室など主要建物が流出したほか、艇庫や整備庫などが大破[4]。3000万円以上の損害を出した[4]。市議会では存廃で揺れたが、市長の久田慶三は存続を決断[4]。一方、半田市は壊滅的な被害を受けた半田競艇場の廃止を決定[8]。半田市は施行権を有していたため、1964年(昭和39年)に常滑市へ常滑競艇場の使用を申し入れ、年間1ヶ月に2日は半田市が開催することになった[8]

1983年(昭和58年)、メインスタンドを刷新[9]1993年平成5年)には大型映像装置と対岸総合表示盤を設置した[9]

2021年にオープンしたMoooviとこなめ(2026年)

2021年令和3年)11月6日、新スタンドが完成[10][11]。子どもが屋内で遊べる施設「Mooovi(モーヴィ)」、芝生広場やバスケットボールフットサルなどができるゲームフィールドを備えた「Gruun(グルーン)」がスタンドに隣接してオープンした[11]。競走水面西側には、新たな防風ネットを設置した[11]。一方、9月26日、観戦スタンドの建て替えに伴いスタンド内の飲食店8店が閉店[12]。一部は新スタンドに移転したが、大半の店は閉店となった[12]

コース

常滑競艇場周辺の空中写真。2010年8月18日撮影。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

競走水面は海[1]で、水質は海水[1][2]。但し水門が設けられており、前検日の干潮で締め切られレース時は海と遮断されているため、潮の満ち引きの影響は少ない[2]。バックストレッチ側の幅は非常に広く、名鉄線の車窓から眺めるとターンマークがとても小さく見える。イン優勢の流れは他の競艇場同様変わらないが、他の競艇場とは異なり企画レース等が実施されていない事から、コース不問の多彩な決まり手が出やすい競艇場でもある。先頭の選手が2周2マークに入るとジャンが鳴る。

モーターは従来標準型が使用されてきたが、2009年(平成21年)12月から減音型モーターを使用している[13]

2014年(平成26年)12月13日開催分より、人身事故発生時の衝撃緩和を目的とした出力低減モーターヤマト331型が、全レースコースに先駆けて導入された[3]

伊勢湾から近く、一年を通して伊勢湾の方向から比較的強い西風(スタート地点から見て向かい風)が吹くために競走水面西側には防風ネットが設置されている[14]。この強風の影響により、フライングの頻度が高く、2012年(平成24年)11月14日にはマーメイドグランプリ(GI)準優勝戦で5艇がフライングし、レースが不成立となった。

施設

建物の延べ面積は45,359平方メートル、収容人員は2,458人としている[15]

2021年(令和3年)にオープンした新スタンドは2階に有料席の「トコタンシート」のS席、A席、グループシートのほか、無料の一般観覧席、イベントなどに無料で利用できる特別観覧席「ROKU」を設けている。1階にはファミリールームがある。

1階にフードコートがあり、海鮮料理の「まるは食堂[16]」など3店が営業。このほか、プロントコーポレーションが運営するカフェ「エ・プロント・ミニ」がある[17]。1階には20〜310人が利用できる「トコタンホール」がある。トコタンホールは、原則として競艇開催時に市民の利用もできる。

外向発売所

2009年平成21年)6月23日にスタンドとレースコースをはさんで反対側の南駐車場付近に外向発売所「ウィンボとこなめ」が開設された[9]。今までの発売所は西入場門の東側にあったが、仮設のため専用駐車場が狭く、多客時には周辺の道路が駐車場に入ろうとする自動車であふれていた。常滑競艇場内で発売をしていないレースも取り扱っており、本場(常滑競艇)の開催日・非開催日を問わずナイターレースを含めて一日最大6場を発売する。2014年(平成27年)10月4日に増築完成[18][19]

レース実況

レース実況は、2023年4月まではメディアターナー所属のアナウンサーで、メインは山田智彦が担当、2020年度まで他のSG・プレミアムGIの地上波中継担当時には現地実況は丸亀競艇場担当の梶西達が代行し、また本場でSG・プレミアムGIが開催される場合には、地上波向けと現地の2体制に分けて行った。2022年4月から2023年3月迄は浜名湖競艇場でメイン実況を務めていた山口新之輔や蒲郡競艇場でメイン実況担当の高橋貴隆も実況に携わっていた。

2023年4月で山田・山口はメディアターナーを退社し、山田は2023年4月から2026年3月まで常滑競艇場の公式YouTubeチャンネルの実況を担当、山口は独立して2025年4月の開催より常滑専属の実況アナウンサーとなっている。

運営

売上高は、笹川賞を開催した1997年平成9年)度の795億円をピークに減少傾向にあったが、2010年代からのインターネット投票の普及により回復基調にある[11]2025年令和7年)度の売上高は803億円で、全国24場中20位だった[20]。前年比では23.3%増えた[20]2024年(令和6年)度の1日平均来場者数は994人で、全国平均の1,366人より少ない[11]。舟券の売り上げ比率は本場が6.4%、ネット投票が76.0%、専用場外が2.3%、場間場外が15.3%[11]。デイレースの開催場の平均は本場が7.0%、ネット投票が74.7%で、おおむね一緒の傾向となっている[11]

常滑市は2016年(平成28年)から地方公営企業法を全部適用した公営企業会計を導入[11]。2024年度決算では競艇事業収益として695億円、支出として659億円を計上した[21]営業利益は47億円、当期純利益は36億円だった[21]

常滑市はボートレース事業で得た収益の一部を市の一般会計に繰り入れている。2023年(令和5年)度までは定額4億円を繰り入れていたが、2024年度からは収益に応じて増やす方針に転換した[22]2026年(令和8年)度は18億8,772万円を繰り入れた[23]。市は2021年(令和3年)、使途を明確化するために「常滑市ボートレースまちづくり基金」を創設し、基金から各事業への予算に充てている[23]

2024年度の常滑市から半田市への繰入金は5400万円あった[24]

主要開催競走

マスコットのトコタンにちなんで「トコタン特別」、周年記念(GI)のタイトルは「トコタンキング決定戦」。1954年から1962年までは「水の王者決定戦」、1963年から1964年までは「全国争覇特別競艇」、1965年から1996年までは「全国争覇特別競走」、1996年から2014年までは「マーメイドグランプリ」の名称で行われていた。

企業杯GIII)として、「INAX[注 1]杯とこなめ大賞」が開催。また年に1回、東海地区で持ち回りの企業杯(GIII)として、「中日カップ」が行なわれている。

新鋭リーグ戦の名称は若獅子杯。女子リーグ戦の名称はレディース笹川杯。正月には新春特別競走、ゴールデンウィークにはチャンピオン大会、お盆には名鉄杯争奪納涼お盆レースが行なわれている。ただし、近年当地では女子リーグ戦の開催頻度が少なくなっており、同競走がない年度には、オール女子競走(格付けは一般戦)にレディース笹川杯のタイトルが付けられている。

SG開催実績

さらに見る 年度, 競走名 ...
年度競走名優勝者登番出身
1967第13回モーターボート記念競走竹内淳麿1348愛知
1974第9回総理大臣杯競走彦坂郁雄1515千葉
1975第2回笹川賞競走北原友次1481岡山
1980第26回モーターボート記念競走栗原孝一郎2324埼玉
1984第19回総理大臣杯競走増沢良二2582群馬
1994第41回全日本選手権競走植木通彦3285福岡
1997第24回笹川賞競走植木通彦3285福岡
2001第48回全日本選手権競走滝沢芳行3381埼玉
2005第32回笹川賞競走植木通彦3285福岡
2009第12回競艇王チャレンジカップ競走原田幸哉3779愛知
2013第23回グランドチャンピオン決定戦太田和美3557奈良
2014第61回ボートレースダービー(全日本選手権競走)仲口博崇3554愛知
2019第24回オーシャンカップ瓜生正義3783福岡
2022第69回ボートレースダービー馬場貴也4262京都
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場外発売所

2025年にボートレースチケットショップオラレセントレアの跡に開設されたボートレースアンテナショップセントレア(2026年)

同じ愛知県内の競艇場である蒲郡競艇場と4ヶ所の場外発売場を運営する。1998年平成10年)、宮城県柴田郡川崎町に「ボートピア川崎」をオープンしたのを皮切りに、2005年(平成17年)に「ボートピア名古屋」(名古屋市港区)、2015年(平成27年)に「ミニボートピア栄」(同市中区)、2018年(平成30年)に「ボートレースチケットショップ高浜」(愛知県高浜市)を設けた[9]

2012年(平成24年)、常滑市の中部国際空港内に「ボートレースチケットショップオラレセントレア」を設置したが、2025年令和7年)で舟券発売を終了[15]。同年、全国7ヶ所の競艇場の情報を発信する「ボートレースアンテナショップセントレア」がオープンした[25]

アクセス

広報・関連メディア

現在

CM
  • 重賞レース開催前などを中心に地元民放AMラジオ局(東海ラジオCBCラジオ)で、露の慎悟が案内している。しかし2009年頃からは、TVCMにも出演している常滑のマスコットキャラクター「トコタン」が出演するラジオCMのみが放送されることが増えた。
  • テレビCMは重賞レースを中心に地元民放テレビ局などで放送されている。
レース放映
  • 日本レジャーチャンネル
  • とこなめ競艇チャンネル(知多半島ケーブルネットワーク
    • 2011年11月18日より開催の一般レース「とこなめもっと×2盛り上げ隊!!競走」より16:9のHV対応となり、インターネット配信も含め上下に黒帯がつく。オッズ画面は戸田競艇場と同じ配色で、画面下に直前情報(展示タイム・スタート展示など)が放映される。
  • にゃんこの目(ボートレースとこなめ公式Youtubeチャンネル)
展望・予想番組
  • とこなめ競艇結果(知多半島ケーブルネットワーク)
    • 放送日に行われた全レースをダイジェスト形式で振り返った後、吉田弘明による翌日のレース展望(最終日は次節展望)が行われる。
雑誌
  • BOATBoy
    • 2007年8月号より指定席、入場券が各一枚がついている。

過去

ボートタイム(テレビ愛知
  • 毎週土曜日の早朝に放送されていたレース予想番組。当日開催のメインレースを中心に中日スポーツの記者が展開予想やおすすめの買い目を紹介していた。
  • 2010年度のG1マーメイドグランプリからSKE48をイメージキャラクターに起用した。2010年度は「とこなめもっと盛り上げ隊!!」、2011年度は「とこなめもっと×2盛り上げ隊!!」として広報・宣伝活動が行われた。なお、この期間中は各レースごとに発走を告知する映像にも採用されていた。

エピソード

  • ボートレースとこなめの食堂にあった「とり伊」で提供されていた「どて丼」は常滑名物として紹介されることもあった[28]。2021年(令和3年)秋の観戦スタンドの建て替えに伴い閉店したが、「とり伊」は2022年11月7日に常滑市大野町にリニューアルオープンし「どて丼」の提供を続けることになった[28]
  • 2021年6月26日朝、レース前の点検作業中に大時計の手前45メートル地点にある空中線を支えるポールが折れて水没し、開催が中止となった[29][30]

脚注

参考文献

外部リンク

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