平凡 歌のバースデーショー
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| 平凡 歌のバースデーショー | |
|---|---|
| ジャンル | 音楽バラエティ番組[1] |
| 企画 | 雑誌平凡・週刊平凡 |
| ディレクター | 千秋与四夫 |
| 出演者 |
ハナ肇とクレージーキャッツ 江利チエミ 中尾ミエ |
| 製作 | |
| 製作 | フジテレビ |
| 放送 | |
| 放送局 | フジテレビ |
| 放送国・地域 | |
| 第1期(火曜時代) | |
| 放送期間 | 1961年2月7日 - 6月27日 |
| 放送時間 | 火曜 21:15 - 21:45 |
| 放送分 | 30分 |
| 第1期(日曜時代) | |
| 放送期間 | 1961年7月2日 - 1963年4月7日 |
| 放送時間 | 日曜 20:30 - 21:00 |
| 放送分 | 30分 |
| 第2期(金曜時代) | |
| 放送期間 | 1963年11月1日 - 1964年11月27日 |
| 放送時間 | 金曜 19:30 - 20:00 |
| 放送分 | 30分 |
| 第2期(水曜時代) | |
| 放送期間 | 1964年12月2日 - 12月30日 |
| 放送時間 | 水曜 19:30 - 20:00 |
| 放送分 | 30分 |
| 第2期(月曜時代) | |
| 放送期間 | 1965年1月4日 - 1966年3月28日 |
| 放送時間 | 月曜 19:00 - 19:30 |
| 放送分 | 30分 |
『平凡 歌のバースデーショー』(へいぼん うたのバースデーショー)は、1961年2月7日から1963年4月7日、および1963年11月1日から1966年3月28日までフジテレビで放送されていた音楽バラエティ番組である。表記ゆれで「平凡歌のバースデイショー[2]」「平凡歌のバースデーショー[3]」「平凡歌のバースデー・ショー[1]」と記されることもあった。
毎回その月に生まれた各界の人気スターをゲストに迎え、彼らの誕生を祝う華やかなショーを繰り広げていた歌謡番組[4]。平凡出版(後のマガジンハウス)発行の雑誌『平凡』と『週刊平凡』が企画に携わっていた[2][3]。
司会とアシスタントには、当時フジテレビ系列昼の帯番組『おとなの漫画』に出演していたハナ肇とクレージーキャッツを起用。ハナ肇が司会を、その他のメンバーがアシスタントを務めていた。
番組は途中7か月の中断期間を挿みながらも、5年あまりにわたって放送され続けた。本番組のディレクターを務めていた千秋与四夫(元フジテレビプロデューサー)は、フジテレビでは初の視聴率30%超えを達成した番組と語っている[1]。
放送時間
いずれも日本標準時。
第1期
- 火曜 21時15分 - 21時45分(1961年2月7日 - 6月27日)
- 日曜 20時30分 - 21時00分(1961年7月2日 - 1963年4月7日)
第2期
- 金曜 19時30分 - 20時00分(1963年11月1日 - 1964年11月27日)
- 水曜 19時30分 - 20時00分(1964年12月2日 - 12月30日)
- 月曜 19時00分 - 19時30分(1965年1月4日 - 1966年3月28日)
出演者
司会
アシスタント
- ハナ肇とクレージーキャッツ(ハナ以外のメンバー) - 第1期・第2期ともに出演。
- 江利チエミ - 第1期の前期にあたる1962年3月まで出演。
- 中尾ミエ - 第1期の後期にあたる1962年4月から出演。第2期にも出演。
内容
提供
第1期はニチバンの一社提供で放送。この当時はタイトルに「ニチバンアワー」の名を冠していた[2]。
第2期は、当初は森下仁丹の一社提供で放送されていたが[3]、その後はピアス(ピアス化粧品名義[5]) → 伊勢半(キスミー化粧品名義[6])と化粧品メーカーによる一社提供が続き、後期には日本ペプシコ(ペプシコーラ名義)の一社提供になった[7]。また、森下仁丹時代にはタイトルに「仁丹アワー」の名を冠していたが[3]、その後は「ピアス[5]」→ スポンサー名なし[8] →「キスミー[6]」→「ペプシコーラ[7]」とスポンサー名が「アワー」なしで表記されていた。なお、番組終了前の時期にはタイトルにスポンサー名が記されていなかった[9][10]。
DVD
スーパービジョンから発売されたDVD-BOX『クレージーキャッツ メモリアル DVD-BOX』VOL.2に、和田弘とマヒナスターズが出演した回(第2期。1965年2月放送)が、ペプシコーラや『平凡』の生CMなどと共に収録されている。