平林二郎

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1949-01-05) 1949年1月5日(76歳)
身長
体重
179 cm
71 kg
平林 二郎
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市昭和区
生年月日 (1949-01-05) 1949年1月5日(76歳)
身長
体重
179 cm
71 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 内野手
プロ入り 1966年 第2次ドラフト1位
初出場 1967年6月4日
最終出場 1981年4月9日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴

平林 二郎(ひらばやし じろう、1949年1月5日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手内野手)。

愛知・中京商高では3年時の1966年に、1962年作新学院に続く史上2校目の春夏連覇を達成した。春の選抜は決勝で土佐高を1-0で降す[1]夏の選手権は、決勝でエース西本明和を擁する松山商との接戦を制し優勝[2]。自身もトップバッター、三塁手として活躍し、甲子園では8盗塁を記録している。高校同期にはエースの加藤英夫捕手矢沢正右翼手伊熊博一がいる。また1年下に控え捕手大島忠一、2年下に控え投手の水谷則博がいた。

同年の第2次ドラフト1位で阪急入団。もっぱら代走要員、内野の守備固めとして起用されるが、1973年には大橋穣に代り、主に遊撃手として18試合に先発出場を果たす。入団時は右打であったが脚力を活かすため14年目にスイッチヒッターに転向し、話題となった。1972年から1978年に5回の日本シリーズに出場。出場9試合のうち代走7試合、遊撃の守備固め3試合(1試合は代走の後に遊撃手に入る)、打席には入らなかった。1981年限りで現役引退。

引退後は郷里愛知県でアパートの経営をつとめる。2010年7月より愛知大学野球リーグ3部の名古屋経済大学野球部監督を務めた。中尾輝投手を勧誘し、大学初のプロ入りへ導いた。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1967 阪急 1000000000000000000----------------
1968 311191000107100000001.0001.0001.0002.000
1969 1220110020000000000.500.5001.0001.500
1971 2210000000000010000.000.500.000.500
1972 41161613600191820000021.375.375.563.938
1973 85797115151202066541201120.211.240.282.522
1974 1086354191210013326921600110.222.295.241.536
1975 66989200021531000020.250.250.250.500
1976 63151310400040122000000.308.308.308.615
1977 26223000000200000010.000.000.000.000
1978 48181510300030210030012.200.333.200.533
1979 2816146400040211010050.286.333.286.619
1980 719817000000701000030.000.000.000.000
1981 2000000000000000000----------------
通算:14年 57323220511148321581166241121301373.234.281.283.563

記録

背番号

  • 7 (1967年 - 1971年)
  • 40 (1972年 - 1981年)

脚注

関連項目

外部リンク

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