座喜味一幸
From Wikipedia, the free encyclopedia
1949年、アメリカ統治下の沖縄(宮古民政府)平良市(現・沖縄県宮古島市平良字西仲宗根)に生まれる。平良市立北小学校(現・宮古島市立北小学校)、平良市立平良中学校(現・宮古島市立平良中学校)、琉球政府立宮古高等学校(現・沖縄県立宮古高等学校)卒業[2]。1972年、琉球大学農学部卒業[3]。同年、沖縄の本土復帰(沖縄返還)に伴い設置された沖縄総合事務局に入局。
1995年、宮古土地改良区事務局長就任。
2008年、沖縄県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し初当選[4]。2016年に3期目の当選を果たす。
2017年1月14日、自民党を離党。座喜味は同年1月22日の宮古島市長選挙で自民党が推薦した現職の下地敏彦ではなく、前市議の真栄城徳彦の支持を表明していたことから、「組織に迷惑を掛けないように離党を届けた」とその理由を述べた[5]。2017年9月に自民党会派に復帰した[6]。
2019年1月29日、全会派で合意していた辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票の条例改正案に反対票を投じ造反[7]。
2020年の県議選は無所属で立候補し、次点で落選。
2021年1月17日投開票の宮古島市長選に、立憲民主党、日本共産党、社会民主党、沖縄社会大衆党の推薦を受け[8]、無所属の新人として立候補。現職の下地敏彦を下して初当選した。1月25日、宮古島市長に就任。