アーチェリー (弓術)
弓を用いて矢で的を射る技術、およびスポーツ
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言語について
アーチェリーは、ラテン語で弓を意味する arcus を語源としている。
歴史
各国の弓術と使用例
射手
射手は、ボウマン( bowman )、アーチャー( archer )と呼ぶが、専門家・愛好家はトクソフィライト( toxophilite )と呼ばれる。トクソフィライトとは、イギリス女王エリザベス1世の語学家庭教師・教訓書家ロジャー・アスカムが1545年に執筆した本のタイトル『 Toxophilus 』から来ている。Toxophilus はギリシャ語から作られた造語で「弓の愛する者」の意であり、さらに接尾辞 ite (~の信奉者)が付いてトクソフィライトとなった。この本は、英語で書かれた初の弓術指南書で、ヘンリー8世に献上された。
16世紀以降マスケット銃が武器の主流となり、18世紀からはノスタルジックな趣味・スポーツとして英国貴族の間で流行することとなった。イギリス各地にアーチェリーの協会が設立され、厳格なルール、仮装、ディナーなどが用意された。また女性も参加するようになり、出会いの場ともなっていった[4]。
オスマン帝国での弓の熟練者には ケマンケシュ(トルコ語:Kemankeş ) の称号が与えれた。
ギリシャ世界では、ギリシャ人の思考的に遠距離兵は王道ではなく、破傷風で苦しんで死ぬのは名誉的な死に方とは考えられず、古代ギリシアの叙事詩『イーリアス』などでは弓を使う人間を軽蔑する様子が見られる。そのため、弓を射るのは下層民のToxotaiと呼ばれた弓兵か[5]、スキタイ人の傭兵、もしくはギリシャ時代から中世まで精鋭として名高かったクレタ島の傭兵クレタ弓兵が弓兵として活躍した。
訓練
先のオスマン帝国のケマンケシュや、イギリスのロングボウ兵など各国で弓を扱う兵は重用され、長い月日をかけて各国独自の訓練を行い育成された。その結果、腕の長さが左右で差が出るほどの骨格変化や、軟骨が骨になる骨棘の形成も見られた。
また、モンゴルや日本のように馬やラクダから矢を射かける騎射技術なども発達した。
- 日本
神話
神話や歴史上においても、射手が登場しており、重要な役割を担っていたことが示されている。以下に神話上の名手を示す。
弓具


- 弓
- 矢
- 服
- 弓手側
- 押手カケ
- 弓籠手
- 馬手側
- その他
- クリッカー
- スタビライザー (アーチェリー)
- 粉入れ、ギリ粉(松脂)、筆粉(でんぷん) - 弓の滑り止め
- 箙 (弓術)(矢筒)
設備

- 巻藁 (弓道)
- シューティングターゲット




