悪名 縄張荒らし
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| 悪名縄張荒らし | |
|---|---|
| 監督 | 増村保造 |
| 脚本 | 依田義賢 |
| 原作 | 今東光 |
| 出演者 | |
| 音楽 | 冨田勲 |
| 撮影 | 宮川一夫 |
| 編集 | 谷口登司夫 |
| 製作会社 | 勝プロ |
| 配給 | 東宝 |
| 公開 |
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| 上映時間 | 104分 |
| 製作国 |
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| 言語 |
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| 前作 | 悪名一番勝負 |
『悪名 縄張荒らし』(あくみょうしまあらし)は、勝プロダクション製作・東宝配給による1974年公開の日本映画[1][2][3][4][5]。監督は増村保造。勝新太郎主演の「悪名シリーズ」第16弾で[3][4]、前作『悪名一番勝負』から5年ぶりに復活した『悪名シリーズ』最終作[3]。第1作『悪名』と第2作『続悪名』のストーリーを再構成したダイジェスト版[3][4][6]。勝とのコンビで人気を博した田宮二郎の当たり役「モートルの貞」を北大路欣也が演じる[3][4]。
『ぴあ』は「シリーズ化に伴いマンネリ化していくが、増村保造監督による本作は旧大映スタッフが結集した力作」と評価している[4]。
スタッフ
製作
「悪名シリーズ」は「座頭市シリーズ」「兵隊やくざシリーズ」と共に勝新太郎の大映時代の十八番[6]。「悪名シリーズ」も勝と田宮二郎のイキの合った暴れん坊ぶりで大映のドル箱でもあったが[6]、今東光の小説の原点に帰り、オールドファンはもとより、八方破れの庶民やくざでヤング層を開拓したいと企画された[6]。また勝は東宝と配給契約を結んでおり[7]、契約本数をこなさなければならない事情もあった[7]。
撮影
1974年2月25日に、大映京都撮影所でクランクインを予定していたが[6]、同日、広島県福山市鞆の浦ロケからクランクイン[8]。ロケ参加は、勝新太郎、北大路欣也、十朱幸代、悠木千帆(樹木希林)ら、キャストとスタッフ合わせて50人[8]。オフシーズンでもあり、今日のように観光客もほとんどなく、ロケ開始前は人影もまばらだったが、撮影を聞いて大勢の見物客が集まった[8]。第一作では原作通り、因島ロケがふんだんに行われたが、本作では因島設定のシーンは鞆の浦で撮影された[8]。初日を予定していた2月25日は雨でロケ中止[8]。2月26–27日二日間の撮影[8]。朝吉(勝)が売られた芸者琴糸(十朱)を追って因島に乗り込み、女中・おしげ(悠木)の手助けなどで連れ出すシーン[8]。鞆の浦の遊廓跡や港、舟で撮影が行われた[8]。勝が当地を訪れるのは4回目で「寺も多いし、素朴な感じが好きなんだ。でも少しづつ変わっているね」「『悪名』を日本のヤクザ映画のスタンダードにしたい」と強い意欲を見せていたが、これが最終作となった[3][4][8]。
作品の評価
批評
浅野潜は「中途半端な二枚目だった勝新太郎が俳優としての地位を確立する切っ掛けとなったシリーズで、第一作の製作当時はテレビの影響が濃かった時代劇に対して新境地を開拓という意味が多分にあったわけで、その大当たりは、思わぬ拾いものの感じが無きにしも非ずで、量産に励んだ挙句後半は田宮の退社がなくても打ち切られることは確実といった感じがしたことも確かである。その点、今度の作品は、シリーズでも一番面白かった一、二部を元に、シナリオを書き換えた点で、映画化の成功は当初から約束されていたような気もする(中略)見せ場をつめ込み過ぎたために、多少"読切り小説"的になった点もあるが、配役の贅沢さなど、久しぶりに活動写真の楽しさが味わえたのが収穫だし、勝新太郎のプロデューサーとしての力も大きかった」などと評している[9]。