戸田貞三
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- 出生から修学期
1887年、兵庫県朝来市(兵庫県朝来郡中川村立脇)で生まれた[1]。1909年、東京帝国大学文科大学哲学科社会学専攻に入学。建部遯吾に師事しながらも外山正一に影響を受けて、卒業論文の題目は「日本に於ける家の制度発達の研究」であった[1]。1912年に卒業[1]。
- 社会学研究者として
1920年、母校である東京帝国大学文学部講師に着任し、同年より欧米に留学し、シカゴ大学などで在外研究に従事。シカゴ大学ではロバート・E・パークの講義を受けて、その影響を受けた[1]。1922年10月に帰国。東京帝国大学文学部助教授に昇進。1929年、東京帝国大学文学部教授に昇進。1932年11月、東京帝国大学に国粋主義系学生による研究団体「帝大満蒙研究会」が創られると、その責任者を務めた[2]。1938年、学位論文『家族構成』を東京帝国大学に提出して文学博士号を取得[3]。
- 太平洋戦争後
戦後の1945年11月、文部省が設置した公民教育刷新委員会の委員に就任[4]。1947年に東京帝国大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は東洋大学教授として教鞭をとった。
1955年に死去。