敏感!エコノクエスト
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 敏感!エコノクエスト | |
|---|---|
| ジャンル | クイズ番組 |
| 企画 |
浦谷年良 山本喜浩 日野原幼紀 |
| 演出 |
大塚修一 倉岡恭一 増田由紀夫 |
| 司会者 |
板東英二 宮田佳代子 |
| 出演者 |
丹波哲郎 和田アキ子 三田寛子 ラサール石井 舛添要一 ほか |
| ナレーター | キートン山田 |
| オープニング | 作曲:渡辺俊幸 |
| 製作 | |
| プロデューサー |
田中文夫 浦谷年良 |
| 編集 | 野口善弘 |
| 製作 |
毎日放送 テレビマンユニオン |
| 放送 | |
| 放送国・地域 | |
| 放送期間 | 1991年4月11日 - 1991年9月19日 |
| 放送時間 | 木曜 20:00 - 20:54 |
| 放送分 | 54分 |
| 回数 | 24 |
『敏感!エコノクエスト』(びんかん エコノクエスト)は、1991年4月11日から同年9月19日までTBS系列局で放送されていたクイズ番組である。全24回。毎日放送とテレビマンユニオンの共同製作。放送時間は毎週木曜 20:00 - 20:54 (日本標準時)。
経済関連のクイズを出題していた番組で、板東英二と宮田佳代子が司会を務めていた。
解答者(パネラー)席は5枠あり、1枠から4枠までが1人で、5枠のみが2人1組で解答する「チャレンジャー席」となっていた。当初は視聴者参加型(2人1組で参加することが条件)で行われていたが、後に芸能人のみが参加する形式に変更された。
基本的には、「輝ける貧乏物語」というコーナーで出題する芸能人の貧乏時代のエピソードクイズが最終問題になっていたが、後期においては後述の早押しクイズが最終問題になることもあった。最終回では司会の板東英二自身の「貧乏物語」が出題されたが、この問題に限り、得点は賭け点無しの30点となった。
オープニングテーマの作曲者は渡辺俊幸。
ルール
書き問題はフリップ形式で尚且つモニター表示となっていた。
前期のルール
- 解答席の背部には、席によって色が異なる筒型の電飾が設置され、正解したときはその電飾が点灯される演出だった。
- 解答者にはあらかじめ20・40・60・80・100の「敏感ポイント」が与えられる。
- 問題ごとに敏感ポイントを賭け、正解すれば賭けたポイントの分だけ得点に加算される(値段当て問題では一番近い金額を答えた人が正解。なお、ぴったり当てればポイントの2倍が得点に加算されるが、達成者はいない)。一度賭けたポイントは、次の問題からは賭けられない。
- 最終問題では「バブルチャンス」と称し、賭けたポイントの2倍が得点に加算される。
- このルールの時代に全問正解達成者がいたが、前半の問題で高敏感ポイントを使い切ってしまい、全問正解ではなかったピンクの電話と同点(最終問題で100敏感ポイントを使い追いつく)になり、同点トップ賞になったことがある。
後期のルール
- 敏感ポイントと最終問題以外での賭けシステムが廃止され、最終問題を除く書き問題では一律10点が入るようになった。
- 早押しクイズ(通常問題の早押しクイズ版。最大40点でヒントが出るたびに10点ずつ減る)が導入された。お手つき、誤答は1回休み。
- 映像早押しクイズ(作っている物を当てる、実演販売している物を当てる。最大30点で時間経過とともに10点ずつ減る)が導入された。お手つき、誤答3回でその問題の解答権を失う。
- 最終問題は得点の中から賭け点を出す。正解すれば10点+賭け点分が加算され、不正解時は賭け点没収(得点が0で賭けられない時には賭けない)。
演出
- 解答者席にあるモニターが解答を表示する際の背景色は、当初は青色だったが、後に緑色に変更された。また、正解発表後には、正解者のモニターの背景色が赤色に変わる演出があった。