斜内駅

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所在地 北海道枝幸郡浜頓別町字斜内
北緯45度3分49.9秒 東経142度28分34.9秒 / 北緯45.063861度 東経142.476361度 / 45.063861; 142.476361
所属路線 興浜北線
キロ程 12.4 km(浜頓別起点)
斜内駅
斜内駅跡(2020年)
しゃない
Shanai
豊浜仮乗降場 (2.1 km)
(5.3 km) 目梨泊
所在地 北海道枝幸郡浜頓別町字斜内
北緯45度3分49.9秒 東経142度28分34.9秒 / 北緯45.063861度 東経142.476361度 / 45.063861; 142.476361
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 興浜北線
キロ程 12.4 km(浜頓別起点)
電報略号 ヤナ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1936年昭和11年)7月10日[1]
廃止年月日 1985年昭和60年)7月1日[1]
備考 興浜北線廃線に伴い廃駅
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1977年の斜内駅と周囲約500m範囲。右下が北見枝幸方面。北見神威岬の北側根元にある、漁業を中心とする集落。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

斜内駅(しゃないえき)は、北海道宗谷支庁枝幸郡浜頓別町字斜内にかつて設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)興浜北線廃駅)である。電報略号ヤナ事務管理コードは▲122002[2]

駅名の由来

所在地名より[3]アイヌ語に由来するが諸説ある。なお、アイヌ語におけるサ行とシャ行の区別は曖昧であるため、以下カタカナ表記は引用除きサ行で統一する。

  • 「ソナイ(so-nay)」(滝・川)[4][12][13]
    • 江戸後期のアイヌ語通詞上原熊次郎に「シヨーナイ。滝の沢と訳す。此所の右に滝の沢の有る故此名ある由[13]」と記録された。1973年(昭和48年)に国鉄北海道総局が発行した『北海道 駅名の起源』ではこの説を採用する[4]
  • 「ソナイ(so-nay)」(岩礁・川)[4]
    • 浜頓別町ではこの説をとる[4]
  • 「シオナイポ(si-o-"nay-po")」(糞・多き・小沢)[12][13]
    • アイヌ語研究者の永田方正による解釈。当地のアイヌ集落がこの川で用を足していたため、としている[12]。これについてアイヌ語研究者の山田秀三は「永田氏の時代のアイヌの説話的な解であろう[13]」としている。

駅構造

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは、線路の東側(北見枝幸方面に向かって左手側)に存在した[14]分岐器を持たない棒線駅となっていた。

無人駅となっており、有人駅時代の駅舎は改築され、豊牛駅と同型の駅舎となっていた[14]。駅舎は構内の東側に位置し、ホームに接していた。

利用状況

乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均
1951年(昭和26年) 55 [15]
1961年(昭和36年) 51
1965年(昭和40年) 59
1971年(昭和46年) 41
1978年(昭和53年) 42 [16]
1981年(昭和56年) 8 [15]
1985年(昭和60年) 0.5 同年7月に興浜北線廃止

駅周辺

1977年の北見神威岬と周囲約1km範囲。下が北見枝幸方面。切り立った岬の先端を回り込んでくる列車の姿の美しさから、道内のローカル線風景でも屈指の撮影ポイントとして知られていたが、一方で冬期荒天時の運休の原因になるポイントでもあった。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

駅跡

2000年(平成12年)時点では駅舎が残存しており、住宅に再利用されていた模様であった[18]2010年(平成22年)時点でも駅舎は残存しており、個人所有の倉庫[19][20](別荘とも[21])に再利用されている。ホームなどは残っていない[19]。個人所有物になっているため、中に入ることはできない。

隣の駅

日本国有鉄道
興浜北線
豊牛駅 - <豊浜仮乗降場> - 斜内駅 - 目梨泊駅

脚注

外部リンク

関連項目

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