豊牛駅
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 豊牛駅 | |
|---|---|
|
豊牛駅跡(2020年) | |
|
とようし Toyoushi | |
| 所在地 | 北海道枝幸郡浜頓別町字豊寒別 |
| 所属事業者 | 日本国有鉄道(国鉄) |
| 所属路線 | 興浜北線 |
| キロ程 | 7.0 km(浜頓別起点) |
| 電報略号 | ヨウ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 開業年月日 | 1936年(昭和11年)7月10日[1] |
| 廃止年月日 | 1985年(昭和60年)7月1日[1] |
| 備考 | 興浜北線廃線に伴い廃駅 |

豊牛駅(とようしえき)は、北海道(宗谷支庁)枝幸郡浜頓別町字豊寒別にかつて設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)興浜北線の駅(廃駅)である。電報略号はヨウ。事務管理コードは▲122001[2]。
駅名の由来
- 1936年(昭和11年)7月10日 - 鉄道省興浜北線浜頓別駅 - 北見枝幸駅間開通に伴い開業(一般駅)[3][4]。
- 1944年(昭和19年)11月1日 - 不要不急線指定に伴い興浜北線が前日の営業をもって鉄道運輸営業休止となったことにより[5]、営業休止[4]。
- 1945年(昭和20年)12月5日 - 興浜北線の旅客運輸営業開始(再開)に伴い、営業再開[6][4]。
- 1949年(昭和24年)6月1日 - 公共企業体である日本国有鉄道に移管。
- 1961年(昭和36年)4月1日 - 業務委託化。
- 1973年(昭和48年)9月17日 - 貨物・荷物の取り扱いを廃止し[7]、同時に無人駅化[8][9]。駅舎改築[10]。
- 1985年(昭和60年)7月1日 - 興浜北線の全線廃止に伴い、廃駅となる[1]。
開業時の当地の地名は「浜頓別村字プタウス[3]」であったが、「豊牛」と命名された経緯について鉄道省・国鉄により以下の2説が示されている。
- 鉄道省札幌鉄道局が発行した『駅名の起源』1939年(昭和14年)版では「附近に放牧多き為斯く名づけた[11]」として、和名であるとしている[11]。
- 国鉄北海道総局が1973年(昭和48年)に『駅名の起源』の後継として発行した『北海道 駅名の起源』では、当地が「豊寒別」と「プイタウシ」の中間にあり、「牛が豊かになるようにとの地元の要望[4]」から「豊寒別」から「豊」、「プイタウシ」から「ウシ」すなわち「牛」をとり、命名したとしている[4]。
なお、『北海道 駅名の起源』において、「豊寒別」「プイタウシ」はそれぞれアイヌ語の「トイカムペッ(toy-kamu-pet)」(土・かぶさる・川)、「プイタウシ(pui-ta-usi)」(エゾノリュウキンカの根を・掘る・所)の意とされている[4][12]。しかし、このうち豊寒別についてアイヌ語研究者の山田秀三は「語義は分からない[13]」として、前述の説について「相当苦心をしてこの言葉を当てたものらしい[13]」としている。