新しい写真 (別冊アトリエ)
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『新しい写真』(あたらしいしゃしん)は、1957年5月20日にアトリエ出版社から刊行された『別冊アトリエ』第34号である[1]。 表紙には「Subjective Photography」と記され、英語副題として「1957年の日本における主観主義写真、29人の現代写真家による130作品集」が付されている[1]。 本号には瀧口修造の文章「写真の表現について」、阿部展也・伊奈信男・名取洋之助による座談会「新しい写真を語る」、および掲載作家29名の作品解説・データが収められている[1]。 本号は、1950年代半ばに日本で広がった主観主義写真の流れのなかで、瀧口修造や山本悍右らが結成に参加した日本主観主義写真連盟を背景に刊行された[2][3][4]。
本号は、1950年代半ばに日本で広がった主観主義写真の流れのなかで刊行された特集号である[2]。 巻頭の「写真の表現について」で瀧口修造は、写真を主観・客観、報道・造形といった単純な対立で捉えることの危険を指摘し、写真表現の可能性を広げることの重要性を論じている[1]。 本号は、1954年の『カメラ』誌におけるオットー・シュタイナートの紹介以後、日本で主観主義写真への関心が高まり、1956年に日本主観主義写真連盟が組織される流れのなかで位置付けられる[2]。
構成
掲載作家
座談会
座談会「新しい写真を語る」は、阿部展也・伊奈信男・名取洋之助の3名によって行われた[1]。 座談会では、バウハウスとその受容、日本における新興写真、リアリズム写真運動との関係、戦前から戦後にかけての前衛写真の展開などが論じられている[1]。
本文中で言及される人物には、瀧口修造、モホリ=ナジ・ラースロー、マン・レイ、アルベルト・レンガー=パッチュ、木村専一、フランツ・ロー、山田肇、中山岩太、上田備山、安井仲治、ハナヤ勘兵衛、クリスチャン・シャート、カジミール・マレーヴィチ、ワルター・グロピウス、パウル・クレー、ピエト・モンドリアン、テオ・ファン・ドゥースブルフ、ワシリー・カンディンスキー、J・J・P・アウト、ジョン・リード、エゴン・エルヴィン・キッシュ、グロッス、カノールト、ワイス、永田一脩、小石清、濱谷浩、アンドレ・マッソン、ギュスターヴ・クールベ、エドワード・ウェストン、アンドレ・ケルテス、マリー・エボルル、エドワード・スタイケン、岡本太郎、小林祐史、植木昇、後藤敬一郎、山本悍右らが含まれる[1]。
また、座談会頁の図版・キャプションでは、濱谷浩、安井仲治、椎原治、棚橋紫水、上田備山、本庄光郎、花和銀吾、永田一脩、小石清、池田己年、田島二男、下郷羊雄、坂田稔、阿部芳文、沢野太郎、田中善徳らが掲載される[1]。
座談会末尾では、阿部展也が、戦後に別冊で戦前の前衛写真家の生残りを集めた特集について回想し、そのメンバーとして山本悍右、小林祐史、植木昇、後藤敬一郎の名を挙げている[1]。
日本主観主義写真連盟との関係
戦後の再編と位置づけ
金子隆一は、戦後の写真界ではリアリズム写真運動が主流となる一方、山本悍右らの前衛的な写真表現は主観主義写真を介して再び結集し、その動向の具体的な成果の一つが『別冊アトリエ 新しい写真』であったと述べている[5]。 同書では、本号に山本悍右、阿部展也、本庄光郎、吉崎一人といった戦前の前衛写真を担った写真家と、大辻清司、奈良原一高、今井壽惠、石元泰博といった戦後に活動を始めた写真家たちの作品が収められていることが指摘されている[5]。 そのため本号は、戦前の前衛写真と戦後の新しい写真表現とが同じ誌面で交差した事例であり、山本悍右の軌跡を戦前・戦後で分断せずに捉えるうえで重要な資料の一つとされる[5]。