新田町 (盛岡市)
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岩手県盛岡市南西部に位置する。
域内は住宅地が多くを占めており、駅はないものの、町内を田沢湖線(秋田新幹線)が通過する他、夕顔瀬町との境界をIGRいわて銀河鉄道いわて銀河鉄道線が通過する。
歴史
江戸時代は現在の新田町の周辺地域、即ち岩手郡下厨川村字堂の前、木伏、下田、三十軒等の雫石街道沿いの地域を新出町(新田町や夕顔瀬組町とも)と称した。新出町は1765年(明和2年)に北上川に土橋の夕顔瀬橋が架橋されて以降、雫石街道の盛岡城下への入口として軍事的な要地となった為、夕顔瀬橋の橋詰の同街道沿い4町半程に築かれた足軽組町であった。1868年(慶応4年)の下厨川村絵図面には新田組丁とあり、字地として堂ノ前、木伏が見える。なお、新田町の名で下厨川村の字名となったのは、明治時代に入ってからとされる。
1889年(明治22年)4月1日、町村制施行により南岩手郡厨川村が発足し、その一部となった。現在の新田町は、1913年(大正2年)6月10日、編入合併により盛岡市の一部となった後、1965年(昭和40年)に盛岡市三ツ屋、三十軒、下田の各一部に住居表示を実施し成立したもので、IGRいわて銀河鉄道いわて銀河鉄道線を境に西側の、盛岡駅西通一丁目、城西町、境田町に囲まれた区域となっている。
由来
明治時代の下厨川村の字名から。